旦那様、それは殺意とどう違うのですか?

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「ま、まぁ……サンドは私の大切な副官だからね。私の夫になるひとに、この機会に挨拶っていうのも悪くない考えだと思うよ。うん。戦場ではいつも相棒で、私の背中を守ってくれるし。背中どころか私なんか頼り切っちゃって事務仕事も全部任せちゃってるし」  夫以外の男(サンド)を婚家につれていくにあたり、シエナは合理的な理由をなんとかひねり出そうと苦心していた。  ほとんど日が落ちて薄暗くなりかけた一本道を、馬を並べて歩きながらサンドがにこやかに答える。  実に楽しげに。 「そうですね。さすがに結婚の書類はご自分で署名なさっていましたけど、代わりに俺がしても良かったんですよ。閣下にはそろそろ身を固めてもらうつもりでいたので。アイザックス公爵家は武芸を尊ぶ家風で、閣下にぴったりの嫁ぎ先です。肩身の狭い思いなんて、決してさせません」 「んん? そ、それはもしかすると、下剋上的な何かかな?さてはサンド、私が孕んで戦場に立てない間に、私の地位を脅かすつもりだったな?」 「それも悪くないですね。あなた、若い頃から前線で働き詰めでしたし。何年か家庭生活を送るのも良いかと思います。子どもを二人も三人も育てるなら、戦場より大変かもしれませんけど」 「そ、そんなに!? どうかな~、旦那様お体弱いみたいだし、それに相手が私だし。跡継ぎ一人作ったら、あとはもう用無し~、なんて……」  あまり得意ではない男女間の話題を、自分なりになんとか展開させようとしているのに、サンドはどうもうまく乗っかってくれない。普段ならどんな時でもすかさずフォローをしてくれるというのに、今日は追い詰めるようなことばかり言ってくる。 「旦那様の体が弱いってそれどこ情報ですか? 戦場では負けなしのあなたが音を上げるような体力馬鹿だったらどうします? あなたとの子どもなら何人でも欲しいなんて強欲なことを言い出すかもしれませんけど、実際に閣下は何人までならとお考えですか?」 「それは考えたことなかったし、あってもサンドと話すことじゃないよね。まずはほら、旦那様と」 「俺も知りたいです」 「副官、仕事熱心だな~。そんなに下剋上したかったかぁ~……」 (く、苦しい……。なんなんだ今日は。ちょっと怒ってる? 私が敵前逃亡したから? 「そんな閣下に幻滅しました」ってノリなの? これは)  容赦のない攻めに心臓がばくばく言っている。正直なところ、サンドが敵側にいたら自分はとっくに打ち破られ、追い落とされていたのではないかとすら思う。本気で。 「下剋上なんか興味無いですけど、俺は実際あなたの上でも下でも構わないんですよ。あなたと一緒にいられるのなら」 「ささささ、サンドさ~ん!! それはほら、人妻に言うセリフじゃないと思います! 私ほら、あの、今日」 「結婚式。挙げてないってことは、まだギリ口説けるって理解ですけど、どうですか。閣下は、俺のことどう思っていますか」  心の底から恐ろしいことに、公爵家の正門がすでに眼前に迫っていて、衛兵の姿も目視できる距離なのである。 (こんなところで、やめて~~、サンドやめて~~!) 「答えられないんですか」  やめてくれない。  緊張と焦りで変な汗が出て乾き、目元が潤んでいるのを感じて(百戦錬磨の戦女神なのに……)と愚にもつかないことを胸中で愚痴りつつ。  シエナは、ずっと言うことはないと思っていたその言葉を口にした。 「好きだよ。すごく信頼しているし、サンドに背中を守ってもらえると安心できるし、サンドの広い背中を見るのも好きだった。サンドがそばにいるとほっとする。たぶん、私にとってサンド以上の……」  副官はいないよ。  その言葉を言う前に、正門から走ってきた衛兵が明るく声を張り上げた。 「おかえりなさいませ、若様、奥様! 結婚式、まだ間に合いますよ!!」  * * *
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