挫折

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挫折

溢れる涙 中心選手である蒼唯の活躍もあり、次年度には弓道をやってたいと新入生が男女問わず多く入部することになる。名門校にありがちな特待生や推薦でしか入れないと言ったことはなく、静岡体育大学では初心者も多く受け入れていた。 そこにはコーチがいて指導するのはもちろんのこと、全国制覇した選手がやった事のない子に教えることで初心を忘れない、天狗にならず教えることで自分を見つめ直す側面もある。 団体戦で出場出来る人数は限られているが個人戦においては素人も玄人(くろうと)関係ない。エントリーをすれば試合に出られることもあり、全員が精力的に練習に取り組む。 個人戦で勝てば自分の事のように喜び、負ければ自分ならどうするかと全員で集まって話し合いをする。それは蒼唯も同じ気持ちで初心者を孤独にしないように練習中でも気づいたことは伝える精神的支柱の役割をしていた。 入学した当初、自分が不安でいたように新入生は弓道だけでなく学校生活において心配なことがあれば気兼ねなく相談して欲しいと答えられることは何でも答えていた。 3年生までに必要な単位を全て取り終えて残りはゼミと卒論を残すのみとなって今迄以上に弓道に力を入れられて後輩の自主練や悩みがあれば時間をかけて解決に導けるようにしていた。 優しくて(たくま)しく曲がったことが嫌いで不正やイジメなどどんな理由があっても許さないとする蒼唯にある日事件に巻き込まれる。 それは蒼唯が大学に向かう途中、公園で中学生の男の子数人で1人の子をイジメている姿を目撃をして咄嗟にこれは助けなくてはならないと勝手に身体が動いて公園に入る。 口で止めるように言ったものの生意気で関係のない蒼唯に殴りかかろうとし、これは正当防衛だからと言い聞かして腕を掴んで投げ飛ばした。 マンガのように何も言わず何事もなかったかのように去っていきたかったがその反動で自分も回ってしまい、右手首を変に付いてしまう。あ、これはヤバいと悟った。 単位を取り終わった蒼唯は大学に行かずにそのまま整形外科に行って経緯を伝えてレントゲンを撮ってもらうとまさかの粉砕骨折をしていた。もう頭の中は真っ白になる。 そう絵日記には描かれていたがなせあの時喧嘩を止めようと入ったのだろう。悪いことはいけないし許せないと思う蒼唯は間違っていないがこの時ばかりは公園に行っていなければ粉砕骨折してたことはしていなかった可能性が高い。でも助けて上げたい気持ちが勝ってしまったのかな。 高校時代に来て欲しい、引き抜きではないが今からでも来て欲しいとオファーしてくれた実業団チームは今でも諦めずに蒼唯に来て欲しいと連絡をくれている。本来ならば進路を決めてケガをしないようにするべきなのにこうなってしまっては全てなかったことになるなと落胆していた。 無気力 自分が招いた粉砕骨折。何をしているのか、右手はギブスを付けて日常生活を送るのもやっと。唯一の救いは卒論を提出してコピーをしたやつをゼミのみんなに発表するだけとなっていた。この姿を誰にも見られたくない。 広い大学キャンパスにおいて知り合いに合わずにいるのは至難の業とも言える。後輩や同級生から心配され、どうしてそうなったのか話すのもつらい。 今迄人に弱みを見せてこず、笑顔で気丈に振る舞っていた。だが蒼唯も1人の人間で誰かに弱音を吐いたり愚痴をこぼしたりしたいけど周りからはそう見られていないこともあり、周りの求める三島蒼唯でいなきゃと感じていた。 ネットニュースで共に世界大会で戦った舞莉矢ちゃん、遥華ちゃん、菜緒ちゃんと実業団チームの内定が決まったと報道が出ていて自分はどうするべきなのかと分からない。 蒼唯のもとにも実業団チームから来て欲しいとは言われている。だが今はケガ人でいくら実力があってもその選手を獲得するくらいなら実力は劣っても元気な選手を獲るべきだろうなと自分で思っていた。 ある実業団チームから電話がかかってきてその事実を伝えるとそれでもいい、ケガをしているなら治療費を出すからお願い。治れば必ず前のようにプレーが出来ると後押しをしてくれた。 他の実業団チームからはご縁がなかったと引き下がる中、1つ、地元民静岡の岩谷食品だけはケガをしているのにも関わらず欲しいと言ってくれた。けど、すぐにお願いしますと言えなかった。 公園のブランコに座って悩んでいると誰かが声をかけた。 そこにいたのは別の大学に通っている舞莉矢ちゃんだった。たまたま近くを通りかかったみたい。 隣に座ってこの公園で喧嘩の仲裁に入ってケガをしてこうなった。そのまま素通りすればこのケガをすることはなかったのに。 溜まりに溜まったものを発散するように舞莉矢ちゃんに一方的に話していると頷いてくれて笑顔で抱きしめてくれて今後どうしたらいいのかについても話していた。 こればかりは蒼唯自身が決めなきゃいけないと思いつつも大事な事だからこそ中々答えを出せずにいる。けれどもいつまでも引き伸ばしする訳にもいかない。 治療費を出す、治るまで待ってくれているというその言葉を聞いて電話をかけて改めて岩谷食品に加入することを正式に決めた。やっとスッキリしたような気がしていた。 自分に偽りのないように進路といったことは長い時間悩んで決めようとしているがそのせいで他に進みたいと思っている人たちを保留という形で待たせているかもと思うようになり申し訳ない気持ちでいた。
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