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 私が黙っているのが予想通り、とでも言うように、彼は続けた。 『いくら自分の手を離れてるとは言っても、娘だよ? なんであんなこと言おうと思うの? ていうか娘云々の前に、玲央菜みたいな子に対してあいうことを言ってもいいなんて傲慢だって考えられないの? あれ、完璧な差別だからね』 「わかってる」  深く考えずに口に出すと、ここぞとばかりにまた言葉が飛ぶ。 『だったらなんで言ったの? 心の中で思ってることを深く考えずに外に出すなよ。いつも言ってるのに、まったく聞き入れる気ないな。まあ俺としては、心の中で考えるのもどうかとは思うけど』  聞こえないように舌打ちし、ぐっと唇を噛む。 「仕事で疲れてたの」 『そうやってなんでも仕事のせいにするところも、変わらないな。君が自分で選んだ職業なんでしょ? なんでそれに文句つけてんの? それで、その鬱憤を俺や玲央菜に向けて晴らすとか、あり得ないから。まさか海斗にもやってるの?』  彼と話していて、黙ってろ、と言えないのが、いつも歯痒い。  寛人が口にしていることは全部、まっすぐすぎる正論だ。曲がったところを絶対に許さず、自分の手で正そうとする。 「ごめん、ちょっと、海斗にご飯食べさせないといけないから」 『え、今から?』  馬鹿にしたようなその言い方に、思いきり眉間に皺を作って、 「海斗がなかなか起きなかったの。また連絡するから」  と言い放ち、通話を切った。と思えばまた連絡が入る。今度はメッセージだった。 『今日も来るの?』  いささか面倒になりながら返事を打つ。 「海斗次第。たぶん、三時頃に行く」  ずっとメッセージを開いていたのか、送信して数秒で、『了解』と返ってきた。  それを最後に携帯の電源を切り、頭をソファーに預ける。朝っぱらから、また疲れた。やっぱり、もう一眠りしようかと思ったそのとき、ふと、海斗が目を開けていることに気がついた。  いつから、と言いかけて、飲み込む。努めて明るい声で「おはよう」と言うと、彼も目を細めて同じ言葉を返した。 「ねえ、お母さん。今電話してたの、寛人おじさん?」  そう、無邪気に聞いてくる。やっぱり、彼との会話を聞かれてしまったんだとがっくりしつつ「そうだよ」と頷き、彼に聞いた。 「今日も、おじさんとこ行く?」  尋ねると、彼の顔が見る間に輝いた。 「うん!」 「そっか」  指切りをすると、海斗は、何か大事なものを抱えているようにはにかんだ。それを見ながら、心の中で彼に謝る。  ごめん、嘘ついちゃった。  寛人おじさん、なんて。  私は君をずっと騙してる。私自身のためだけに。母親にそんなことをされていると知ったら、この子はどんな顔をするのだろう。そう考えながら、朝食の準備を始めた。
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