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「ほら海斗、着いたよ」  海斗を促しながらインターホンを押して、そこから流れてくる声にまた、気力を削られる。 『ああ、海斗と直子ね。今開ける』  寛人おじさんだ、と瞳を輝かせる海斗。もし彼が、自分と寛人との関係を知っていたのなら、もう少し違う態度だったのだろうか。  私はずっと隠している。海斗にとって、寛人は父親なのだと。本当なら、海斗は寛人をお父さんと呼び、玲央菜のことも妹として扱うはずなのだ。  彼にそうさせなかったのは、他でもない私自身だった。  言ってほしくなかった。寛人のことを「お父さん」なんて。絶対違う、と本能が訴えている。  この子は、寛人とは違う。だから、大切に育てなければならない。子供を自分のところに預けて別居しよう、と彼が言い出したときにも、海斗だけは引き取りたいと申し出た。そして、寛人が本当は父親であるということも、海斗に隠そうと提案した。けれどもそれが負い目となって、今度は私が困っている。  開いた扉の向こうの二人に、海斗は元気よく挨拶する。 「玲央奈ちゃん、寛人おじさん、こんにちは」  海斗は、嬉しそうに家の中に入っていく。  寛人がこちらに目を向けて、突き放すような声で言った。 「そんなところに突っ立ってられると、扉が閉められない」 「……はい」  いつから、私はこの人に敬語で話すようになったのだろう。ふとなんの意味もなく、そう考えた。   子供たちはもう二階に上がってしまったようで、玄関には私と寛人しかいない。言葉もなく靴とコートを脱ぐ私に、彼が、無機質な声を若干ひそめて囁いた。 「直子、話がある。パーティが終わったら、また玄関に来て」  この人が持ちかけてくる話なんて、よくないものに決まってる。口にはしないけれど、胸の中でそう呟いた。  二階に上がると、海斗が私を呼ぶ声が聞こえてきた。 「ねえお母さん、見て!」  ダイニングテーブルには、見るも豪華なケーキが置いてあり、その上には六本の蝋燭が立っている。 「バースデーケーキ!」  興奮気味な声で、海斗がそう叫ぶ。  十二月三十一日。今日は、大晦日であると同時にもう一つ、意味がある。  海斗の誕生日なのだった。  蝋燭を吹き終え、海斗は目の前のケーキをじっと見つめる。 「じゃあ、切ろうね」  私がそう口にすると、海斗は大きく頷いた。やっぱり、このくらいの子にとってはケーキが一番だよな、と苦笑しながら、私はナイフに手を付ける。  どこからどう見ても、幸せな家庭がここにあるのに。なぜ、頭が痛むのだろう。あの眩暈のような感覚がまた、襲ってきていた。
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