3/3
前へ
/11ページ
次へ
 パーティが終わり、寛人と二人で一階に降りると、彼はなんの遠慮もない口調で口を開いた。 「提案がある」  喉がごくりと鳴る。周りの音が、全て遠のいて聞こえた。 「海斗を、こちらに預けて欲しい」  ああ、やはり、という気持ちが押し寄せてくる。  思い出すのは、一年前、玲央奈を連れて別居したいと彼が言い出したときのことだ。 「奈央子の中では、仕事が第一で、玲央奈は二の次だ。それだって、ちょっとでも自分の気に障ったら怒るし。知ってる? 子供にとって何よりの恐怖は、親に怒られることなんだよ」  このままでは、玲央奈の環境が悪化するばかり。そう言って、玲央奈を連れて別居することになった。こちらが意見を挟む余裕など与えない。もはや決まったことを伝えるようなあの態度。目の前の寛人は、あのときと全く変わっていなかった。  唇をぎゅっと噛む。  まただ。この人はまた、私から奪おうとする。そう分かっていても、彼が突き付けてくる言葉は、一つ一つが一々正しくて。何もできない自分が悔しかった。 「……少し、考えさせてほしいんだ」  けれど気付けば、そんな言葉が出てきていた。  ここで海斗を失いたくない。そんな思いが人知れず私の中に積もっていて、その集合体のような言葉だった。  寛人は、軽く驚いたように目を見開いた。でもそれは一瞬のことで、すぐにいつもの能面に戻り、「わかった」とだけ言って背を向ける。 「ああ、でも」  ふいに、去ったと思った彼が足を止め、こちらを振り返る。顔を上げる私に、彼は苛立ちの入り混じる声で言った。 「あんまり待てないから。引っ張っても明日までだ」  そして、私の答えを待たずに二階に上がって行った。  二階では、玲央奈と海斗が、さっきと変わらず遊んでいた。その姿はとても平和で、この子たちは本当に私と寛人から生まれたのか、と疑問になる。 「海斗」  私が呼び掛けると、彼は無邪気な笑顔のまま振り返る。 「お母さん、海斗に、誕生日プレゼントをあげてなかったでしょう? 今からでも、買いに行かない? 何でも好きなもの、買ってあげる」  私の申し出を聞いた海斗は、見る間にその頬を紅潮させる。 「玲央奈ちゃんも一緒にいい?」 「いいよ」  彼はますます嬉しそうに、玲央奈に「お買い物に行こう」と説明しながらコートを羽織り始める。  ずきん、ずきんと頭が痛む。細胞の崩壊が、脳内のあらゆるところで起きていて、もう治せないような気がした。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加