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パーティが終わり、寛人と二人で一階に降りると、彼はなんの遠慮もない口調で口を開いた。
「提案がある」
喉がごくりと鳴る。周りの音が、全て遠のいて聞こえた。
「海斗を、こちらに預けて欲しい」
ああ、やはり、という気持ちが押し寄せてくる。
思い出すのは、一年前、玲央奈を連れて別居したいと彼が言い出したときのことだ。
「奈央子の中では、仕事が第一で、玲央奈は二の次だ。それだって、ちょっとでも自分の気に障ったら怒るし。知ってる? 子供にとって何よりの恐怖は、親に怒られることなんだよ」
このままでは、玲央奈の環境が悪化するばかり。そう言って、玲央奈を連れて別居することになった。こちらが意見を挟む余裕など与えない。もはや決まったことを伝えるようなあの態度。目の前の寛人は、あのときと全く変わっていなかった。
唇をぎゅっと噛む。
まただ。この人はまた、私から奪おうとする。そう分かっていても、彼が突き付けてくる言葉は、一つ一つが一々正しくて。何もできない自分が悔しかった。
「……少し、考えさせてほしいんだ」
けれど気付けば、そんな言葉が出てきていた。
ここで海斗を失いたくない。そんな思いが人知れず私の中に積もっていて、その集合体のような言葉だった。
寛人は、軽く驚いたように目を見開いた。でもそれは一瞬のことで、すぐにいつもの能面に戻り、「わかった」とだけ言って背を向ける。
「ああ、でも」
ふいに、去ったと思った彼が足を止め、こちらを振り返る。顔を上げる私に、彼は苛立ちの入り混じる声で言った。
「あんまり待てないから。引っ張っても明日までだ」
そして、私の答えを待たずに二階に上がって行った。
二階では、玲央奈と海斗が、さっきと変わらず遊んでいた。その姿はとても平和で、この子たちは本当に私と寛人から生まれたのか、と疑問になる。
「海斗」
私が呼び掛けると、彼は無邪気な笑顔のまま振り返る。
「お母さん、海斗に、誕生日プレゼントをあげてなかったでしょう? 今からでも、買いに行かない? 何でも好きなもの、買ってあげる」
私の申し出を聞いた海斗は、見る間にその頬を紅潮させる。
「玲央奈ちゃんも一緒にいい?」
「いいよ」
彼はますます嬉しそうに、玲央奈に「お買い物に行こう」と説明しながらコートを羽織り始める。
ずきん、ずきんと頭が痛む。細胞の崩壊が、脳内のあらゆるところで起きていて、もう治せないような気がした。
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