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2 35日前(カフェ・ドゥ・ソレイユにて)
35日前
アーケード街のカフェ・ドゥ・ソレイユ
しゅうは国分寺駅近くのアーケード街の中にあるガラス張りのカフェ店カフェ・ドゥ・ソレイユの扉を勢いよく開いた。
「いらっしゃいませ。」
目が合った店員に軽く会釈すると、店内を見回した。
いつもの奥の壁際のテーブル席を陣取っている友人の1人がしゅうを見つけたようだ。しゅうに手を振っている。
「ごめん、遅れた。」
しゅうは、3人が待っているテーブル席に行くと、空いているイスに座った。
「一度、家に帰ったの?」
しゅうが座るなり、由紀が聞いてきた。
「うん。明日の朝食、食べる物なくて買出し。」
「しゅうも大変ね。お父さん、今日も仕事で遅いの?」
遥香がアイスティーを飲みながら同情した。
アイスティーのグラスを持っている遥香の肌は透明感があって、均整の取れた目鼻立ちと相まって、まるでモデルのような外見をしている。
同じ高校生とは思えない。羨ましい限り。
これで性格が悪ければ鼻に付くんだろうけど、同性にも優しく思いやりがある。
友達ながら憧れを抱いてしまうような存在。
「うん、遅いらしいわ。でも、ずっと二人暮しで慣れっこだから。仕事しているんだし、致し方無いってこと。
で、これからどうするんだっけ?」
「せっかく地区予選も終わって、残り少ない高校生活を充実したものにしようという訳で、映画観に行かない?」
茉奈が待ち構えていたように口を開いた。
「ほら、三鷹にミニシアターがあるじゃん。ああいうとこで観ると、何か雰囲気があってよくない?」
茉奈は、はち切れんばかりの笑顔でみんなに同意を求めた。
「え?そんなとこ、知らないけど。なんてとこ?」
清楚な黒髪ロングの由紀は、人差し指で前髪を整えながら、茉奈に聞き返した。
由紀は普通に話していても何となく詰問調だ。
「すずらん座だっけ?練習試合の帰りに見かけたとこ。今、恋愛物っぽい面白そうなインド映画を上映してるんだ。」
茉奈はググりだした。
「インド映画?面白いの?」
由紀は眉間にシワを寄せた。
「それに私たち、受験も控えているのよ。分かってる?」
由紀の姉御肌全開。
「まあ、まあ、今日くらいはね。インド映画って、歌って踊って、観ると結構ハマるらしいよ。」
遥香が茉奈の代わりに答えた。
「そうそう。」
ややぽっちゃり系の茉奈は、インド映画のダンスシーンの真似をして、両手を動かして見せた。
「面白そう。行こうよ!」
しゅうは茉奈の摩訶不思議なダンスを見て、笑いながら賛同した。
「私もね、彼氏がいれば彼氏とデートで行くんだけど。」
茉奈は、口元をへの字にして、マンゴージュースが空になったグラスの底の氷をストローでつついた。
「なに、なに?じゃあ、私たちは身代わりってことなの?」
由紀は怒ったふりをして茉奈を見た。
「それは誤解よ。みんなで行くのも、それはそれで楽しい。
あーあ、それにしても、彼氏できないかなぁ。せっかく時間ができたのに。」
「何度も言うけど、受験があるのよ。受験が終わってから彼氏でも何でも作ったらいいじゃない。」と、由紀。
「そうかもしれないけど、今のこの解放感に浸っているときに彼氏と一緒だと最高じゃん。」
「でも、そう都合よく彼氏はできないでしょ?」
しゅうも参戦。
「行動する前から諦めたらダメよ。しゅうも貪欲にならないと。
彼氏だって受験だって、為せば成る!」
茉奈はどこまでもポジティブ。
「吉岡しゅうよ、大志を抱けっ!」
茉奈はしゅうの顔を指さした。
「何それ?」
由紀がしゅうの言いたいことを先に言った。
「茉奈は感性が一緒の人がいいんでしょ?そこが難問ね。感性が一緒かどうかなんて、いざ付き合ってみないと分からないもの。」と、遥香。
遥香の言葉には説得力がある。
「そうなのよねぇ。それでも出会いは突然やって来るかもしれないし。チャンスはしっかり掴まないと。」
茉奈はあくまでポジティブ。
「そうね。」
しゅうと遥香は同時に頷いた。
「地区大会の時の第一高校の男子部のなんて言ったっけ?滝本君?茉奈がいいって言ってた、どうなの?」
由紀が茉奈に振った。
「核心付くねーっ!
地区大会以来見かけてもいなんだよねー。SNSもやってないみたいだし。バド以外に接点が見当たらんのよ。」
茉奈は大きなため息をついた。
「地区大会の時のイメージしかないと、そのイメージが膨らみすぎて、実際より何倍も良く見えたりするから注意しないとね。ギャップに幻滅するから。」
遥香のアドバイスはいつも的確。
「そうか、そうよね。注意する。」
茉奈は真顔で納得していた。
「遥香は順調なの?彼氏と。」
由紀の質問に茉奈も興味津々の様子。
「うん、もう付き合って長いからね。胸キュンは無いかな。」
「なんか上からねぇ。でも、遥香はモテるからしゃーないか。」
茉奈はやっかみ半分に言った。
「そんなことないって!」
遥香は首を振りながら否定した。
「まあまあ。
それじゃあ、インド映画を観てキュンキュンしようか?」
しゅうは茉奈をなだめるように言った。
「決まりね。すぐに行こう!」
茉奈は伝票を手にするとすっくと立ち上がった。
「やれやれ……」
由紀は口ではそう言いながらも、笑顔で席を立ち上がった。
しゅうと遥香も由紀につられるように慌ててテーブルを離れてレジに向かった。
エアコンが効いて快適なカフェの店内から一歩外へ出ると、国分寺の街全体に蓋をしたように、逃げ場のない熱気がこもっているような感じがした。
「うあぁぁ、まだまだ暑っつい……」
茉奈は両手をパタパタとさせて顔をあおいだ。
「本当。気温、全然下がらないね。」
遥香は夕空を見上げながら言った。
「6月でこれだもん。夏本番はどうなっちゃうわけ?」
茉奈は相変わらず両手をパタつかせている。
「もっと暑くなるわよ。どうかあがいたって。」
由紀は素っ気なく返答した。
「そりゃそうでしょうけど……」
茉奈は頬を膨らませた。
しゅうも空を見上げると、橙色に染まった空の低いところに青白く弱い光を放っている星が申し訳なさそうに瞬いていた。
今日は空気が澄んでいるのか、星がよく見える。
「高校生活がいつまでも続くといいのに……」
しゅうは誰に言うともなく、つぶやいた。
「いつまでも、こうして一緒にいたいね。」
遥香は振り返って、しゅうを見た。
「うん。」
しゅうは茉奈の真似をして、両手をパタパタとさせて顔をあおいだ。
「しゅうは大学に行くの?」
「うん。一応、その予定。バトミントンも続けたいし。遥香はやっぱり看護師志望?」
「そう。子供の頃からの夢だから。」
「遥香は優しいし、よく気が付くからピッタリだと思う。」
「しゅうにそう言ってもらえると自信が湧く。お互い頑張ろうね!」
「うん。」
ふと気が付けば、由紀と茉奈はずいぶんと先の方を歩いていた。
「今日はインド映画で胸キュンするぞっ!」
茉奈が右腕を突き上げて叫んでいた。
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