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哀れだ、とでも言うようなその声に由弦は思わず乾いた笑いを零した。ゴボゴボと口から血糊が溢れ出るが、それも気にならないほどにおかしくてならない。
衛府はともかく、弥生を恨む? 自分がどうなっているのかようやく理解した由弦は、それでも弥生を恨むなんて考えは微塵も出てこなかった。
紫呉に見つかって、弥生に連れられて行った庵は温かかった。師匠がいなくなってサクラとだけ生きてきた由弦に、居場所をくれた。そして、たった一つの特別な愛情も。
由弦が大切だと思うモノの中心には、いつだって弥生がいた。その弥生を恨む? そんなこと、できるはずもない。たとえ今、蒼と共に灯が消えようとしていたとしても。
乾いた笑いを零す由弦を、まるで気味の悪いものを見るかのように顔を引きつらせた男は、もうここに用はないと言わんばかりに走り去った。その足音に交じって、遠くで鳴き声が聞こえる。ピクリと由弦の指が地面を掻いた。
「……さ、くら……」
すぐに帰ると、そう約束した。早く行ってやらないと、きっと寂しがるだろう。サクラとはずっと、ずっと、一緒だったのだから。
「サ……ラ……」
待ってくれ、すぐに行くから。すぐに、すぐに迎えに行くから。必ず迎えに行くから。だって、約束しただろ? だから、少し、ちょっとだけ、待ってくれ。
庵に、一緒に帰ろうな。雪也たちも、探しているかもしれない。だから、一緒に帰ろう。それで、一緒に紫呉たちが帰ってくるのを待つんだ。帰ってきたら、お帰りってとびついてやろうぜ。きっと、驚いて、それで、笑ってくれる。サクラも紫呉が大好きだもんな。
だから、ちょっとだけ、待っていてくれ。
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