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※
蒼の父は成人しているだけあって上背があり、蒼と二人がかりであっても運ぶのには時間と体力がいる。できるかぎり早く脱出したとはいえ煙は二人の身体を蝕み、今でも気を抜けば意識が薄れてしまいそうだ。そんな状態で蒼の父を支えながら雪也を探して歩くなど不可能であるし、その間にも微かな息は途絶えてしまうかもしれない。ならば由弦が一人で雪也を探し、ここに連れてくる方が早く、最善だろう。
大丈夫、絶対に雪也を連れてくるからと由弦が太陽のような笑みを浮かべた時――、
由弦の腹から鈍く光る刃が突き出てきた。
「……ぇ――ッッ」
ツゥー、と由弦の口端から真っ赤な血がつたい落ちる。その姿に、腹から突き出された刃からボタボタと落ちる鮮血に目を見開いて呆然としていた蒼もまた、次の瞬間には背中から血を噴出させて、勢いのまま父の胸に倒れ込んだ。見れば蒼の背中が斜めに切り裂かれている。
突然のことに、何が起こったのかわからない。目を見開いて倒れ伏し、瞼さえも動かない蒼を呆然と見つめていれば、グチュッと嫌な音を響かせて支えが無くなり、由弦の身体もまたゆっくりと地に倒れ伏した。ドクドクと心臓が大きく波打っているのがわかる。何より腹が熱くて、熱くて、焼き尽くされるかのようだ。
「すまない。お前たちに個人的な恨みなどないが、これも大儀のためなのだ」
頭上から淡々とした男の声が聞こえてくる。記憶にないその声が自分と蒼を襲ったのかと理解するが、もはや思考さえもボンヤリとして上手く働かなかった。
「恨むのなら、筋違いな報復で火を放った衛府の者どもか、護ることもできないのに抱え込んだ春風 弥生を恨むんだな」
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