【短編】秘密の残り火〜腹黒御曹司は蜜夜の赤薔薇を逃がさない〜

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「……あんた、思ってたより策士なのね」 「どうとでも。これぐらい頭回らねぇと外商なんてやってらんねぇよ」 「口先だけの腹黒め」  久嗣は始め、千草と同じく高級ブランドを取り扱う紳士服売り場に配属となったものの、天性の人懐っこさから太客に気に入られ、時折こうして外商にも駆り出されるまでになった。創業者の孫なので結局は経営陣に昇格する未来がわかっているとはいえ、同期入社の千草は久嗣の出世を面白くないと感じていた。結局は接客才能の有無なのだろうとは思うが、どうせ口八丁手八丁で富裕層の顧客を口説き落としているのだろうと思うと、なんとも癪に障る。 「……ふぅん?」  久嗣はいかにも面白くなさそうな表情を浮かべ眉を顰めた。自らが吐き出した言葉が八つ当たりであることもしっかりと理解しているが、その表情に千草はわずかばかり胸のすく思いがした。そのまま身体を捩って久嗣の腕から抜け出し、とすんと左足を地面につけ背中をエレベーターの背面に預ける。 「いいからパンプス返しなさいよ」  足を捻ったというのは久嗣が口にした咄嗟の嘘だ。突然のキスで身体に力が入らなかっただけで、しばらく時間を置いたので自力で歩けるまで回復した。いつまでも久嗣の腕で庇護される筋合いはない。  催促するように手を差し出した千草が背の高い目の前の男を睨みつけると、眉根を寄せたままだった久嗣は次の瞬間には愉しげに口元を歪め、その場に片足でひざまづいた。  さっきからなんなのだ、コイツは。今度はなにを企んでいるのか。  左足だけパンプスを履いているため、バランスが取りにくい。早いところ右足のパンプスを返して欲しい。千草が多少の困惑と盛大な苛立ちのままに久嗣を眺めていると、その男はやたら恭しく千草の宙に浮いた右足を手に持って、ストッキング越しの足の甲に口付けた。 「な、……!?」  急いで右足を引き抜こうとするものの、片足立ちの状態なので脚に力が入らない。ぎょっとした千草を置き去りに、久嗣はそのまま右足のつま先を口に含んだ。 「き、桐生ッ……!」  柔らかな舌の感触から生み出される未知の感覚に、千草の身体がびくりと跳ねあがる。右足の親指の先を甘く吸われ、今までに経験したことのないまったく新しい刺激が千草の背中を駆け上がった。久嗣はそのままずるずると親指の付け根までをも飲み込んでいく。 「や、やめっ……きた、ないってばっ……!」
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