【短編】秘密の残り火〜腹黒御曹司は蜜夜の赤薔薇を逃がさない〜

4/17

652人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
 明日のこともこれから始まる二次会のことも全部全部どうでもいい。寝たい――セックスしたい。  獰猛な獣に蹂躙されるような激しいセックスがしたい。粗暴にベッドの上に投げられて、乱暴に扱われて首絞められて意識飛ばすくらいの倒錯的なセックスでいい。汗と涎と涙にまみれるくらいの泥臭いやつがいい。未来のことも今日のこともなにも考えなくていい、ただただ圧倒的な快楽に翻弄されるだけの―― 「福重(ふくしげ)」  不意に自分の苗字が呼ばれ千草は我に返った。その瞬間、背の高い男がどさりと乱暴に千草の隣に腰掛ける。 「おい、ライター貸せ。くそが、ジッポどっか落とした」  顔を顰めた彼――桐生(きりゅう) 久嗣(ひさつぐ)の口元にはすでに煙草が咥えられている。整えられた眉に綺麗な顔の輪郭。すっと通った鼻筋にオニキスのように美しく黒い瞳。()()()()()()()()()()()を地で行く同期のひとりに千草は無言で左手に握りしめていたライターを差し出した。  久嗣は千草の勤め先であるデパートの社長の息子だ。創業者である祖父に現場を知れと言われたそうで、予定調和なのだろうが新卒社員として同期入社した。若いうちは売り場で接客・販売の経験を積ませ、将来的に経営層に引き抜いていくつもりなのだろう。いわゆるいいとこのボンボンのくせに無駄に常識はあって仕事はでき、けれどプライベートでは口が悪すぎるのが玉に瑕。久嗣は御曹司であるためか同期の女性陣は初めこそ色めきだったものの、現在はあまり近づきたがらない。普段の話しぶりから()()()もしているようだからだ。いくら金持ちの息子とはいえ、そうした男とお近付きになりたい女はいない。  かくいう千草も久嗣とそう親しいわけではない。同じデパートに同期入社し、そして同じ紳士服売り場に配属され、二人でこなす仕事がいくつかあるだけ。なぜか仕事上はどことなく肌が合い、気持ちよく仕事ができるだけの縁で、宴会やこうした催しに同席する機会があるだけにすぎない。  ライターを受け取った久嗣が無言で咥えた煙草に火を灯す。久嗣が吸う煙草はブラックストーンのチェリー。指先から立ち上る紫煙はチェリーの香りが強烈な煙草で、千草はその香りが苦手なのだ。強すぎる甘い香りに千草は思わず顔を歪める。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

652人が本棚に入れています
本棚に追加