【短編】秘密の残り火〜腹黒御曹司は蜜夜の赤薔薇を逃がさない〜

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 久嗣は千草の表情にニヤリと笑んだ。そのまま腕を伸ばし、千草の肩をぐっと引き寄せ吐き出した紫煙を嫌がらせのように千草の顔にかける。踏み躙られた直後の花の香りのような強い匂いに、紫煙を吹きかけられた千草はクラクラとした眩暈を起こしてしまう。  なんなのだ、と千草は心の中で悪態をつく。コイツはなにがしたいのだろう、と。  会社内でもこうして喫煙室で鉢合わせてふたりで馬鹿話をすることはよくあるものの、それにしても嫌がらせの度を超えている気がする。千草が眉根を寄せて抗議しようと口を開こうとした瞬間、久嗣はなにかを企んでいるようにニヤついた笑いを深くした。 「さっきからおめぇのその顔が見たかったんだよなぁ」 「はぁ? 馬ッ鹿じゃないの」  揶揄うように笑う久嗣にわずかな苛立ちを込めて片脚を動かし、千草はヒール部分で彼の足の甲を踏む。痛みで精悍な顔を歪めるかと思いきや、革靴に守られている久嗣にはちっともダメージがないらしい。千草はイラつきのままにチッと大きく舌打ちをして肘で久嗣の身体を押した。 「っあ~。やっぱ食後の一服が一番うめぇわ。おめぇもそー思うだろ?」  久嗣の身体を千草が強く押しのけても、久嗣はなんということはないという雰囲気でカラカラと満足げに笑う。その笑顔にも苛立ちが募り、とにかく投げかけられた質問を否定してやりたくなった。千草は仏頂面のまま、指先の煙草に口付ける。 「私は食後の一服よりセックスのあとの一服のほうが美味しいと思ってる」  千草は社会人となってから煙草を始めたので喫煙歴は四年ほどと浅いのだが、それでもなにかをしたあとの煙草は美味しいと感じる。仕事が一段落ついたあとの煙草も美味しい。朝起きたあとの一服も美味しいものの、セックスのあとはそれが顕著だと思う。達成感とも違うが、イッたあとの多幸感と満足感、脳天からつま先までもが痺れるくらいの独特の感覚の余韻をじっくり感じたい。 「おまッ、男か。今どき賢者タイムで煙草吸う男なんざ少数派だろ」 「悪かったわね。どうせ結婚願望も親になりたい願望もない男脳ですよーだ」  驚いたような久嗣の表情に千草はいーっと歯を見せてむくれてみせる。そしてまた足を組んで煙草に口付けた。
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