【短編】秘密の残り火〜腹黒御曹司は蜜夜の赤薔薇を逃がさない〜

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 同じことを考えていたらしい久嗣は口の端にニヤリと笑みを浮かべ、千草の腰に手を回した。目の前の男は――もうすでに、獣のような瞳をしている。 「みんなには秘密、ね」  特段、内緒にするようなことでもない。今日の新郎新婦は同期同士だった。きっと千草が知らないだけでカップルになっていたりもうすでに別れていたりする同期メンバーもいるはずだ。けれど、基本的にウマが合わないようにみえている自分たちがこんな関係になるなんて自分自身でも信じられず、千草はそれを隠すように余裕ぶって嫣然と微笑んでみせた。  ふたたび顔が近づく。千草は自由になった両腕を彼の首筋にくるりと回した。互いの唇が触れる瞬間、久嗣のしなやかな手が千草のおとがいをがっしりと捕らえ――千草にとって到底信じられない言葉を囁いた。 「ったりめーだろ。さっき言ったろ、おめぇのその顔が見たかったんだ、ってな」 「え……んッ!」  吐き出されたその言葉を理解する時間すらなかった。小さく声を上げた次の瞬間には久嗣の熱い舌がぬるりと唇を割る。喉の奥まで舐められるのではないかと錯覚するほどの激しさと生々しい感触に、千草はびくりと身体を震わせた。侵入してきた久嗣の舌が歯列をなぞり、内頬を舐め、千草の舌を絡め取っていく。アルコールの香りが鼻腔と口腔を満たし、披露宴会場ではあまり飲まなかった千草は体温がひどく上がっていくのを感じていた。 「っ、ん、ぅ……!」  あまりの勢いに反射的に及び腰になった。けれど、逃がさないといわんばかりに久嗣の腕が腰に回って、力が篭もる。片腕で腰から抱き込まれ、片手でおとがいを捕らえられ、物理的に逃げることは不可能だった。まるで飢えた獣のような口付けに千草は必死で息継ぎを試みる。 「ふっ、き、りゅっ……」  貪るような深い口づけと傍若無人に暴れ回る久嗣の舌。千草は次第に、身体の奥深くを攻め立てられているような錯覚を覚える。合わさった唇から伝わる凶暴なほどの男の欲望に全身が熱く沸きたつ。  息も出来ぬほどの深い口づけから生み出される甘やかな快楽。幾度も角度を変えた口付けに溺れ、次第に酸素が足りなくなり全身がゆらりと傾いていくような感覚を抱いた。  ――キス……って、  こんなに気持ちの良いものなのか。  こんなにも――満たされるものなのか。
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