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コンビニの死体
時刻はすでに夜八時だが、いつもの如く残業をしていた刑事部捜査一課の緑川は電話で事件の連絡を受けた。
「黒岩警部、三日月町のコンビニで他殺と思われる死体が発見されたそうです」
緑川は連絡の内容を手短に伝え、黒岩警部とともに早速現場に急行した。
事件のあったコンビニに着くと、近くの交番から来たという巡査が規制用の黄色いテープを貼っていてた。
「お疲れさまです。日之輪警察署から来た緑川です」
そう言って警察手帳を見せて規制線をくぐって店内へ入ると、店長と店員と三人の客が暇そうに立って待っていた。ずいぶん早く着いてしまったようで鑑識はまだ来ていない。
「お前が急かすから早く来すぎちまったじゃないか」
先刻から黒岩警部は呆れた様子だ。緑川はまだ捜査一課の強行犯担当に配属されて三ヶ月。窃盗や傷害事件は担当していたが、殺人事件はこれが初めてで、興奮しているといってもいいくらい胸が高鳴っていた。
「巡査、死体はどこですか?」
「すみません、案内もせずに。殺人は初めてなもので」
「あ、私もですよ。奇遇ですね」
と言って、同い年くらいに見える巡査になんだか親近感を感じていたのだが、
「なんだ、素人ばっかりか」
とベテランの黒岩警部は溜息をついていた。この人が黒岩班のリーダー。黒岩班には緑川の他にも二人メンバーがいるが、二人共すでに帰宅していたので、連絡はしたものの遅れて到着するようだ。
「死体はあちらのトイレです」
巡査について、入り口を入って右手側の角にあるトイレの前まで来た。扉を開けると正面に洗面台があり、右側の男性用の小の個室、左手に大の個室があった。その大の個室から上半身をはみ出して倒れている女性の死体があった。
「背中を刺されてるな。傷は一箇所だ……」
黒岩警部が教えるように呟き、緑川はメモをとった。
死体は店内側を向いて横向きに倒れ、警部の言うように背中に大きな血の跡がある。個室の扉は遺体に当たって半分だけ開いた状態になっている。女性の顔は長い髪に隠れてよく見えないが、若そうな感じはする。コンビニのエプロンを着けているので店員のようだ。
これがまさに死体だ。殺人事件だ。面白がってはいけない。人が一人死んだという悼むべき状況。だが、こうして事件に出会うことを夢見て警察になったのだ。緑川は内心、歓喜している自分に気づいて、いけない、いけないと、冷静を装うのに必死だ。
このことを伝えてやりたい友人がいる。きっと彼は自分以上に喜ぶんじゃないか。ミステリ好きの頭の切れる男で、僕が警察になったと言った時に彼はすぐに「刑事部には行かないのか?」と聞いてきた。この度、僕が刑事部に配属されたことを聞いて彼は随分と喜んでいる。ドラマのような不思議な事件が起きないにしても、担当した事件のことを彼に伝えてやろうと思っている。もちろん仕事には守秘義務というものがあるのでその範囲は守って、というつもりだ。
トイレの中の様子を見るようにして考え事をしていた緑川に対して黒岩警部は声を掛けた。
「通路が狭い。遺体の周りの検証は鑑識が来たあとにするぞ。先に事情聴取だ」
巡査に第一発見者を訊いた。
「店の店長から警察に第一方がありました。遺体を見つけたのは、あちらの女性の客だそうです」
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