僕の可愛い子はもう居ない

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僕の可愛い子はもう居ない

「ジュシア、そろそろはっきりさせないと。ガブリエル様の忍耐も限界なんじゃないか?」 ケインにそう言われて、僕はすっかり貫禄の増した目の前の男を睨んだ。この男は昔からそうだけど、いつだって余裕がある。相変わらず女たちにモテているけれど、妻帯もせずに遊んでばかりだ。 「ケイン、それってマケロン伯爵家の従者頭として言っているの?それとも僕の親友として?」 すると、大きなゴブレットの発泡酒を一気に飲み干して言った。 「あー、どっちも?俺はマケロン家にこの身を捧げていて恩義があるし、ルーク様が去年結婚しただろう?お前、自分がそうさせといて、凹んでいたからな。親友としては幸せになって貰いたいというか。 正直、俺はガブリエル様が怖いんだ。あの人は敵に回したくないっていうか、ま、俺のためにもジュシアを犠牲にしようと思ってさ。」 僕はため息と一緒に、一気に発泡酒を飲み干した。僕は実際逃げてばかりだ。ルーク様が結婚した時は、嬉しい気持ちとどこかショックな気持ちで思わずケインと深酒したのは苦い思い出だ。 最近はガブリエルを避けてばかりで、自分でもどうしたら良いか分からなくなっていた。そんな僕にケインは気不味い様子で尋ねた。 「で?結局、お前はガブリエル様と寝たのか?」 途端に咽せる僕の背中を摩りながらケインは質問を引っ込ませる気はないみたいだ。僕はしぶしぶ言った。 「…しょうがないだろ?発情期でフラフラだったんだ。いつもはルークに頼んでいたけど、流石に妻帯者に無理言える訳ないし。お前は絶対引き受けてくれないだろう?アルフレッドもルークと同時期に隣国へ外交派遣されていないし。 若い頃、他の人に手を出して危うく監禁される羽目になってから、怖くて誰でも良い訳じゃないし。」 ケインは暫く考え込んで言った。 「俺はお前とヤルほど命知らずじゃねぇしな。そうか、お前が逃げ回るほどガブリエル様は下手だったのか。あの人にも苦手な事があったんだな。」 僕は自分の顔が熱くなるのを感じて、酒場の主人にお代わりを頼んだ。 「…別に下手じゃない。ガブリエルが下手な訳ないだろ?ケイン、ガブリエルはまだ20歳なんだ。学院時代からアーサー王子の側近として仕事をしていて人より大人っぽいとは言え、一方の僕は30歳だ。いくら何でも歳が離れすぎじゃない?僕はどうしてもそこが気になってしまうよ。」 「そうかぁ?お前は見た目的には24、5歳にしか見えないし、普通の人間と同じ括りには入らないだろう?何たって神様の使いだしな。それに俺から言わせたら、手遅れだと思うけどな。あのガブリエル様がお前を手放すと思うか? ルーク様やアルフレッド様が戦線離脱したのも丁度ガブリエル様が成人さなった頃だ。それってタイミング良すぎないか?まぁそれは俺の憶測だけどな。…ほら、お迎えが来たぞ。」 ケインの視線を辿っていくと、ひとの目を惹きつけるいかにも洗練された金髪の騎士が丁度酒場に入って来た。僕はケインの顔を睨んで文句を言った。 「…なんで。ケイン、ガブリエルを呼んだの?」 耳元で少し苛立った声が聞こえてきた。 「別に呼ばれた訳じゃない。ジュシアの行動パターンはお見通しってだけだ。さぁ飲み過ぎないうちに帰ろう、ジュシア。ケイン、ゆっくり飲んでいってくれ。」 そう言ってカウンターに何枚か銀貨を置いたガブリエルにケインは満面の笑みで答えた。 「ガブリエル様、いつもご馳走様です!ジュシア、ガブリエル様の言う事を聞くんだぞ?」
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