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突撃したのは良いものの
扉を開けたのは、朝僕を爽やかな笑顔で送り出したガブリエルだった。
「…入って。私に話があるんだろう?」
ニコリともしないガブリエルにじっと見つめられて部屋に招き入れられると、途端にさっきまで膨れ上がっていたガブリエルへの腹立たしい想いはみるみる萎んでしまった。反対に何をどう言って良いかも分からなくなってしまった。
ソファに座らされて、僕の直ぐ隣にガブリエルがため息と共にドサリと座ると、緊張で身体が固くなってしまった。
恐る恐るガブリエルを見上げると、ガブリエルは何を考えているのか分からない緑色の瞳で僕を見つめている。僕は大きく深呼吸して、取り敢えずさっきまで感じていた怒りの気持ちを伝えることにした。
「僕を試すような事して楽しかった…?」
言葉にすれば語尾は少し掠れて、自分の情けなさに喉の奥が熱い。ガブリエルが僕を試したのは本当だけど、結局僕自身がやったストーカー紛いの事は言い訳がつかない。僕はガブリエルのお客さんに嫉妬したんだ。
「…ガブリエルが大事なのは僕じゃなかったよね?部屋に用意してあったあれこれって、ガブリエルの愛人のものなんでしょ?」
僕は自分でも矛盾した事を言っている気がしたけれど、朝からガブリエルの部屋に感じた第三者の気配に我慢できなかった。言葉にすればあっという間に僕の喉から言葉が溢れ出して、それは僕自身の権利のない嫉妬の言葉でしかなかった。
「…ジュニはそれが気になる?何で?私が他の人を好きになったらダメなのか?」
僕はガブリエルにはっきりそう言われて、もうひと言も話す事ができなくなった。口を開けばきっと言葉より嗚咽が出てしまいそうだった。目の縁に溜まった涙がこぼれ落ちない様に目を見開くことしか今出来ることはなかった。
ガブリエルに見捨てられるのなら、僕はこれ以上無様な姿を晒せない。此処まで追い詰められて、僕はガブリエルを愛してるんだとはっきり自分の気持ちが分かったんだ。
年齢の差があるからと自分の気持ちを誤魔化していたのは、ガブリエルの気持ちが僕から離れてしまう事の恐怖だったのかな。僕は唇が震えるのを感じながら大きく息を吸い込んで立ち上がった。
立つ鳥跡を濁さずだ。ケジメはしっかり付けてさよならをしよう。
「ガブリエル、もう僕のご主人様は辞めて良いよ。…僕から自由になって。」
最後の方は涙声で、ガブリエルの顔を見ては言えなかったけれど、僕はちゃんとケジメをつけられたはずだ。すると顔を背けた僕に、ガブリエルは大きくため息をついて言った。
「ああ、そうだな。もうジュニのご主人様は終わりだ。これは本当に私には呪縛だったから…。」
僕はもうこれ以上ガブリエルの宣告を聞いてられなかった。慌てて扉に向かって走り出した。いっそカワウソになって逃げ出したかった。扉さえ開いていたらそうしただろう。扉に辿り着いた僕が内鍵を開けたのに、なぜか扉は開かなかった。
「…何で!くそっ!」
僕が開かない玄関扉をガチャガチャ鳴らしていると、後ろからガブリエルがゆっくり近づいてくるのが分かった。僕は身体を強張らせて、涙でぐちゃぐちゃになっている顔を慌てて手のひらで拭うと、扉にへばりついた。
「…ガブリエル、開かないっ。早く開けてよ!」
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