流れに呑まれて

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流れに呑まれて

耳元でキリキリと鳴る水音が、僕の血潮を沸き立てる。僕は渦巻く流れの中を必死で泳いでいた。いくら泳ぎが得意だとはいえ、さすがにここまで流れが速いと、徐々に流されて行くのが分かる。 慣れた場所から遠ざかっていく事に、少しばかり焦ったものの、下手に流れにあらがって岩場に叩きつけられるのは敵わない。僕は少しづつ岸の方へと方向を定めながら、何処かに身を落ち着けられそうな場所がないかと水の中から伺った。 岩場だらけの流れの先に、緑の草地がチラッと見えたのに気がついて、僕は流れに乗って一気に左岸へと進行を変えた。時々現れる岩を避けながら、足で蹴って、水かきで水流を押して左へと向かって行くと、不意に流れが緩んだ。僕は体力を振り絞って岸へと乗り上げて、数歩歩き進むとドサリと横たわった。 もう少し先へ進んだ方が良いのは分かってはいたけれど、疲れ切った身体はいう事を聞かずに、僕はゆっくりと目を閉じた。ああ、疲れた。でもあの滝壺からの生還は良しとしよう。グッジョブ、自分。僕は知らず知らず微笑んだ。 不意に僕はユサユサと揺さぶられて、ハッと目を覚ました。真っ暗なここは、手を伸ばせば押せるので、何か布の様な物の中にいるみたいだ。捕まった?僕は思わず焦って本能のまま、『出して!』と叫んだ。するとユサユサ揺れていた動きが唐突に止んで、僕はグイと上に持ち上げられた気がした。 僕を捕まえた何者かは、僕を袋から取り出そうとするかもしれない。その時が逃げるチャンスだ。僕は背中を袋の底につけながら、ジリジリと頭上の袋の入り口が明るくなるのを待った。 けれども待てど暮らせど袋の口は開かなかった。僕はもう一度今度はゆっくりと『出して。』と言ってみた。すると袋の外から、僕の丸めた背中をツンと突っつく様な感じがした。もしかしてこの人、僕を怖がっているんだろうか。 僕は怖がって袋ごと放り出してくれるかもしれないと、期待を持って、今度はジタバタと暴れながら、『お願い、出して!』と叫んでみた。 するとどうだ。僕の意に反して、あのユサユサと揺れる感じが、大きくなって、僕はしがみつくものもないのに、ひどく不安定な思いをする事になった。まったく、誰が僕の様な可愛こちゃんを虐待してるんだ?僕はとりあえず、この何者かが目的地に着くまで眠る事にした。いや、揺さぶられてるもんだから、自然眠くなっちゃったってだけだけどね。 話し声が聞こえて来て、僕はハッと耳をそば立てた。うっかりぐっすり眠ってしまった。ついつい人間のクセが出てしまったんだ。僕は今度は眠ったふりをする事にして、袋から取り出してもらうまで大人しくする事にした。 『この中に見たことのない動物を捕まえて来たんだ。買い取ってくれないか?』 かろうじて聞こえる会話を聞いて、僕は不味い事になったと顔をしかめた。これまで、この世界で何とか生き抜いてきたのに、捕まったのは僕の油断だったんだろう。では、これからは僕の人間の知恵を絞ってここを切り抜けなければ!
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