就活は真剣に

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就活は真剣に

「父上、見てください、この子の手!」 そう言って僕の側に近寄って来たのは、7歳くらいの男の子だった。好奇心で緑色の目がキラキラしていて、とても綺麗だ。僕は少年に柵の中からそっと両手を差し出した。 いつもより上品な物腰の店の主人から渡された、葡萄を一粒、少年は僕に恐る恐る渡してきた。僕のおやつの中でも高級な葡萄は、主人が奮発してくれたに違いない。 僕は思わず『これ美味しいんだよねっ!』って呟いて受け取った。少年は一瞬ギョッとしたけれど、すぐに弾ける様に笑って言った。 「母上、お聞きになられましたか?今の鳴き声。聞いたことがないですよね!本当に何の動物なんだろう。」 すると店の主人が言った。 「この動物は、サウリ山の滝壺で神水を汲みに行った男が、滝壺近くの草地で倒れているところを保護したんです。大雨の増水で流されたのでは無いかと言っていましたが、その地に詳しい男にも、この動物を見たのは初めてとのことでした。 しばらく飼ってみましたが、人懐っこくて、危害を加える様な事は全然ありませんでした。賢くて、この小さな手で器用に色々な事をします。よく見ると水掻きが手足の指の間にあるので、水辺で泳ぐのが好きなんだと思います。」 僕が葡萄を齧って、上を向いて飲み込んでいると、少年は僕をじっと見て呟いた。 「ねぇ君、僕の所に来るかい?庭には水辺も有るし、噴水もある。ね、おいでよ。父上、この子を噴水で遊ばせても良いですか?」 僕は水辺と聞いて、嬉しくなって思わずキューキュー鳴いて、パチパチと手を叩いてしまった。…まずい。今のはいかにも動物らしくない振る舞いだ。けれど、僕の懸念は目の前の少年とその家族を喜ばせただけだった。 「ははは、凄いな。本当に不思議な動物だ。こちらが何を言ってるか、分かっているみたいじゃないか。主人、これは本当に噛んだりはしないのかね?」 一番権力のありそうな父上と呼ばれていたイケおじが、口髭を指で撫でながら尋ねた。おじさんは大きく頷いて言った。 「ええ、この子は本当に賢くて、可愛い振る舞いしかしませんね。ただ私も水辺に連れて行った事がないので、どういう風に泳ぐかは存じません。」 僕は店の主人に抱っこされて、皆でガヤガヤと盛り上がりながら、大きなお庭の噴水へと連れて行かれた。僕が主人の肩越しに寄りかかって、目の前の想像以上に大きなお城を目を丸くして眺めていると、少年がはしゃいで言った。 「ねぇ、本当に可愛いですね、母上!兄上も、もしこの子が城に居たら、きっとどんなに驚くか。」 僕はチラッと少年を見て、手をにぎにぎして可愛さをアピールするのを忘れなかった。この少年が僕の命運を握っているのは間違いなかったからね?
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