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イザベラが目を覚ますと、直ぐにデイビッドの顔が視界に入り、彼女は安堵する。けれども彼は何処か不安そうな表情だった。嫌な予感がして可能性を口にする。
「どうかされましたか?もしかして本当に毒が入っていて、私は処罰されるのですか?」
「ありえない!そんなこと考えないで」
すぐに怒りと共に返事がきて、彼女は戸惑う。
「怒ってらっしゃいますか?」
「あ、ごめん。そんなつもりはないんだ。処罰なんてありえないから安心して。それよりも……気分は大丈夫?」
「はい。お気遣いありがとうございます。もしかして随分私は横になってましたか?」
「3時間程度だよ。気分が悪くないならよかった」
デイビッドは安堵したように笑い、イザベラも釣られて笑みを漏らす。
記憶を取り戻してからずっと張り詰めていたのだが、今はとても気分がよかった。
「あの、イザベラ。君、カタリナ様を知っているだろう?」
「カタリナ?なぜ、あなたがそれを?」
イザベラは突然前世の名前を持ち出されて、再び緊張感を取り戻す。前世の名前を知られていることが怖くて、警戒する。
「僕は、カタリナ様の夢をよく見るんだ。夢の中で僕はルークと呼ばれている」
「夢?あなたが、ルーク?」
彼女はまじまじとデイビッドを見つめる。
ルークは前世の彼女の従者で、茶色の髪と同色の瞳を持った優しい青年だった。
顔形や体型は異なる。
けれどもその柔らかそうな茶色の髪、優しい丸い瞳は同じだった。
(なぜ、気が付かなかったの?彼はルークだわ)
「小さい時から僕はカタリナ様の夢を見てきたんだ。名前を知ったのは最近だけど、カタリナ様、君そっくりの女性の姿は何度も夢で見てきた」
黙って彼を見つめるイザベラに対して、デイビッドは説明を加える。
(どうしよう。ルークだったら、きっと協力してくれる。わたしのために。だから話してみよう)
「デイビッド殿下。殿下は夢とおっしゃっておりますが、それは夢ではありません。それは前世の記憶なのです」
「ぜ、前世?そんなことが。魂は浄化されて、すべてを忘れるはずだろう?」
「ええ、神はそうお教えになっています。けれども、現に私はカタリナの記憶をもっています。そしてあなたも。まれに記憶を失わず転生する魂があるのではないでしょうか?」
イザベラの言葉にデイビッドは答えなかった。
不安になってしまい、彼から視線を逸らした。
「イザベラ。それであれば夢なのに、現実的で納得できる。けれども、僕は確証がほしい。夢ではなく、現実にあったということの。なので、カタリナ様とルークのことを調べたい。その上で、君の話を信じたい」
盲信することなく、そう言われて彼女は少しだけ傷つつく。
信じてくれないのかと。
しかし噯(おくび)にも出さずに頷いた。
☆
「姉上。お帰りなさい!」
屋敷に戻ると弟エドヴィンが出迎えてくれた。
菓子を持ち込んだのはイザベラで、それを口にして倒れたことについては秘密裏にされた。なのでリード家にも伝えられておらず、両親と弟はただデイビッドとの茶会が伸びただけだと思っているようだ。
姉の帰りを待ち侘びていたのか、エドウィンは姉の帰宅を聞き、玄関近くまで駆けつけた。
「どうしたの?待ち侘びたって感じだけど?」
「その通り、待ち侘びました。姉上に報告したいことがあるのです。僕は騎士団に入団することにしました!」
「騎士団?!」
「姉上が妃になり、リード家を後になさるまでまだ時間があるでしょう?その間に私は自身を心身ともに鍛えようと思っているのです。もちろん家督を継ぐための勉強も欠かしません。両親にはすでに許可をとっていて、明日申請するつもりです!」
貴族が騎士団に入団することは珍しいことではない。けれども嫡男は別だ。
「受け入れてもらえるかしら?」
「頑張ります!」
イザベラの心配にエドウィンははっきり意志を表明する。
以前の彼とは違って、驕りとは別に覇気があって、彼女は弟の成長に嬉しくなる。
「応援しているわ」
「ありがとうございます。姉上!」
彼は満面の笑みで彼女に答えた。
☆
「調べるとは言っても、国名がわからなければ難しい」
デイビッドはイザベラに対して調べると明言したが、あまりにも情報が少なくて、資料室で辟易していた。
「せめて苗字すらわかれば」
独り言を呟きながら、貴族年鑑を手にする。
そもそもカタリナが自国の貴族かすらわからない状態。貴族年鑑など意味を持つなさないかもしれない。
けれども現時点ではそれしか探る手立てがなく、デイビッドは本を開いた。
「デイビッド。調べ物はこんな時間をするものじゃないぞ」
「兄上。なぜここに?」
「お前に用があったのだ」
撫然と尋ねる彼にチャーリーは機嫌良さげに答えた。
「カタリナ・ウィル。サーウェル王国の男爵令嬢だ。ルーク・キャサム。サーウェル王国の崩壊いや、救国の英雄だ」
「あ、兄上?!なぜそんなことを。っていうか部屋に忍ばせていましたね?」
「あったりまえだろう。可愛い弟が心配だ」
「心配など無用です。それよりもその話は本当なのですか?」
「ああ」
食い付かんばかりの勢いの弟に兄は頷き、彼の知っている情報を話して聞かせた。
この話は王太子になった時に、教訓として聞かされる話だった。
サーウェル王国は現在には存在していない国だ。二百年前にデイビッドたち王族が治めるサンザリア王国が滅ぼした国だった。西のサーウェル地方がその場所だが、城などは徹底的に破壊され王国の名残を探すのは難しくなっている。
サンザリアの歴史からも抹消した国でもある。
二百年前に即位した王が国を内部から腐らせた。度重なる増税に苦しみ飢える民を救わんと、民の一人であるルーク・キャサムが、当時隣国であったサンザリアに助けを求めた。彼はサーウェル側からすると敵国の手引きをした裏切り者だ。サンザリアがサーウェルの王族や貴族を滅ぼし、民を自国の民として受け入れた後、彼は表舞台から姿を消した。彼の願いはサーウェルの完全な消滅であり、自身のことを記録しないというものだった。なので公式の記憶にルークなる人物が出てくることはない。
ただこうして口承していくのみだった。
なぜ、王太子に対してこれが教訓と言われているのか、それはルークの話ではなく、彼が「裏切り」を働くきっかけとなった出来事だった。
それはまさしくデイビッドが夢で見てきたカタリナ断罪の物語だった。
ルークはカタリナの復讐をするために、サンザリアの力を借りた。そして当時の王で、カタリナを裏切った男やその一族を滅亡させた。
王太子がカタリナに対して真摯であり、奸計を巡らせる事などなければ、彼女は己の立場を弁え、行動を起こす事はなく、処刑などされる筈はなかった。それであればルークも国や王族を裏切る事はしなかっただろう。
それ故に愚かな王太子の行動として、サンザリア王家で長年伝えられている話だ。
「……まさか本当にあった出来事だったなんて」
「お前が小さい時から見ていた夢か。聞いたことはあったが結びつけることはなかったな」
「それは仕方ありません。あの女性の名前や境遇を夢に見るようになったのは最近ですから。それまでただ幸せそうな彼女の夢でしたから」
デイビッドは兄から話を聞かされ、半ば呆然としながら返事をした。
「俺は少し納得したな。なぜイザベラがあれほど王太子にこだわるのか、そういうことがあったのか。哀れだな」
チャーリーの同情に彼は素直に頷けなかった。
ルークとしてカタリナの希望を叶えてあげたい気持ちはある。けれども、彼女の復讐はルークによってすでに遂げられている。現在のサンザリアは関係ない。もちろん、兄もだ。
デイビッド自身としてはイザベラの、カタリナの希望を叶える気持ちはなく、どうやって彼女を納得させようか考えていた。
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