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ヒナが帰っていった後、いくつか大きな変化があった。
その1つはアリアが騎士を辞職したこと。
大きな理由は魔剣荊姫があの日砕けてしまったことだが、アリアの剣の実力なら魔剣がなくとも騎士を続けることは十分可能だった。
それでもアリアは辞職を選んだ。
「辞めてしまって本当にいいのか? アリア」
ロイはアリアの申し出を受け入れつつ、アリアを騎士にと引き留める声も多かったのでそう尋ねたが、アリアはロイの問いに笑顔で頷く。
「荊姫以外の剣をパートナーとして選べないっていうのもあるんですが、これからはもう少し皇太子妃らしく活動しようかと思いまして」
悪役姫として物語から退場しそびれてしまってから、これから先どうしようかと考えた時浮かんだことがこれだった。
「外交とか人材育成とか女性の社会進出とか。上に立つ者でないとできないことにもう少し力を入れてみようかなって」
ふふっと楽しそうに笑ったその顔には、絶対黙らせてやると好戦的にありありと書かれていた。
「何、またケンカふっかけてきたの? うちの皇太子妃は本当に血気盛んなんだから」
「失礼な。向こうがふっかけて来たから返り討ちにしただけです」
元気があって大変よろしい、とロイはアリアのやりたい事を採用する方向で騎士の退職届を受け取った。
*****
「姫様、お疲れ様です。アレク様からのお手紙が届いておりますよ」
そう言って頼れる侍女のマリーは本館から戻ったアリアを出迎えると、アレクからの定期連絡の手紙を差し出す。
「まぁ、アレクお兄様また来月あたり帝国に来られるみたいだわ」
お出迎えの準備をしなくっちゃとアリアは嬉しそうに顔を綻ばせる。
ヒナが帰り一旦はキルリアに戻ったアレクだったが、転移魔法汎用化に向けた研究と魔剣所持者の魔剣からの解放後のデータ収集の名目でたびたび帝国に訪れるようになった。
異世界への転移は無理でも転移魔法の汎用化が進めば、きっとこの世界での移動手段は大きく変わるだろう。
もしそうなれば将来的にはキルリアに気軽に里帰りできるようになるかもな、とアリアはとても期待している。
「姫様の魔力解析の結果はいかがでしたか?」
マリーは一番気になる魔剣を手放してからのアリアの体調の変化について尋ねる。
「前回と結果は変わらないみたい」
そう言ったアリアにマリーはほっとした表情を浮かべた。
魔剣所持者は本来なら短命だ。
魔剣は常に魔力を欲するし、魔力生成量が追いつかなくなったり、魔剣の力に耐えられなくなれば体内の魔力回路が焼き切れて命を落とすからだ。
魔力耐性や魔力生成量のピークは20代。20歳を迎えたばかりのアリアはその時期に達していたが、短命の原因である魔剣から解放された。
「既に使ってしまった寿命が戻ることはないけれど、私は元々魔力生成量も保有量も魔力耐性度も人並み外れて高いから、無理をしなければ長寿は無理でも人並みには生きられる可能性が高いって」
「姫様の侍女としては"無理をしなければ"の但し書きが非常に気になるところです」
「嫌ねぇ、マリーったら。この世界は我慢すると首刎ねられて早死にするのよ?」
とアリアはおかしそうにそんな事を口にする。
「どこの世界の理ですか、それ」
呆れたようにそう尋ねるマリーにアリアは静かに微笑む。我慢をし続けた1回目の人生がそうだったのだ。
3度目の人生で物語から退場しようと我慢をやめて足掻いた日々は、振り返ればとても苦しくて悲しいこともあったけれど、今の自分になるためにはきっと必要な事だったとアリアは思う。
「まぁ、だから今世は我慢しないって決めているの。嫌になったら今度こそ皇太子妃から退場してやるんだから」
そう言って楽しそうに笑って手紙を胸に抱くアリアを見ながら、そんな日は当分来なそうだなとマリーは静かに微笑んだ。
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