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2.快調な怪鳥
私はとりあえず、川沿いを歩いてみることにした。夢であるならば、夢が覚めるまで夢を楽しもうと思ったのだ。きっと、この経験が小説に生きることもあるだろう。
木々が少なくなり、視界が広がってきたと思ったら、海へとたどり着いた。雲が多いためか、海は青というよりも灰色に近かった。強い風が吹いており、いたるところで波と波がぶつかっては白い飛沫が舞っている。
顔を右に左に向けると、どこまでも砂浜が続いている。そして、百メートルほど先だろうか、砂浜にポツンと何かがいるのに気付いた。生き物のようだが、距離があって判別できない。私はその生き物の方へ向かうことにした。
近くまで来ると、それが何かわかった。鳥だ。白い体に黄色いクチバシを持っている。その大きさはかなりのもので、私よりもひと回り大きい。砂浜に腰を下ろし、動く気配はなく、その目はまっすぐ水平線に向いていた。
その鳥は私に気づき、片手を、いや、片方の翼を挙げる。
「こんにちは。お嬢さん。こんなところに誰か来るなんて珍しい」
鳥は穏やかな表情をこちらに向ける。
「こんにちは。ここで何をしているんですか」
「何をしているかって? 見ての通り、海を眺めているのさ」
鳥はまた、遠い目を海に向ける。
「なぜ海を眺めているんですか。心が落ち着くからとか」
「いいや。俺には夢があるのさ。あの水平線の向こうまで飛んでいくという夢がさ。だから、いつの日か夢が叶った日のことを思い浮かべているのさ」
「へえ、大きな夢ですね。水平線の向こうには島があるんですか」
「それは行ってみないと分からないな。ただ、一つだけ、夢を叶えるためには大きな障害があるんだ。俺は、空が飛べないんだ」
「空が飛べない? そんなに大きな翼があるのに飛べないの?」
私の言葉に、鳥はムッとした表情になる。
「ふん。大きな翼があるからって飛べるとはかぎらないだろ。人間だって、動物に比べて並外れた知能があるくせに、自分のためにしか行動しないじゃないか」
「それとこれとは違う気がするけど」
「お嬢さんは、夢はあるのかい」
「私?」
突然の質問に、私は戸惑う。
「えっと。私の夢は、小説家になることよ」
「小説家になる? はっはっは。小さな夢だなあ」
馬鹿にしたような言い方に、私はカチンとくる。
「あのねえ、小説家になるって難しいんだから。ほんの一握りの人しかなれないし、多くの人が夢見る立派な職業なの」
「一握りの人だとしても叶えられる夢なら大したことないよ。誰もできない夢こそ追うべきさ。例えば、冥王星に行きたいとかさ」
私は思わずため息が出る。隣の島にさえ行けない鳥が何を言っているんだ。
「ああ、久しぶりにおしゃべりをしたら腹が減ってきた。お嬢さん、何か食べるものを持ってきてくれないか」
鳥は翼でお腹をさすり、大きく息を吐く。
「もうかれこれ八年はご飯を食べてないんだ。さすがにお腹がペコペコだ」
「八年も? なんでそんなに長いことご飯を食べていないんですか」
「なんでかって、お嬢さん。それは愚問だな」
鳥はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「俺は空を飛べないだけじゃなくて、歩くこともできないんだ」
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