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「あれは、チケットなの?」
私が言うと、子供は大きくうなずく。
「あれを取るには、どうしたら良いでしょうね」
いつの間にか、すぐ横にウサギがいた。腕を組み、うんうん唸っている。
「私達の身長では届かないでしょうし、木の幹を登っていくのも大変でしょう。それなら、ここらに落ちている物を組み合わせて、弓矢を作るのもいいかもしれませんね。その矢でチケットを打ち抜けば、ひらひらと落ちてくるでしょう。それならまずは枝を拾って、それを削って……」
ウサギが独り言をつらつらとしゃべる。
「ウサギさん、そもそも弓矢を作る技術なんてあるの?」
私の問いかけに、ウサギは両手を挙げて、驚いた顔を見せる。
「はっ、ないですね。うっかりしてました」
「仮に弓矢を作るにしても、どれだけ時間がかかるかもわからないし、矢があのチケットに上手く当たる保証もないでしょ。というより、チケットに矢が当たったら、破れてしまうんじゃないの」
「その通りですね。困りました。どうしたら良いのでしょう。私には締切があるし、あまり時間がかけられないし」
「揺らしたらいいんじゃない?」
そう言ったのは、黒い子供だった。
「揺らす?」
私が言うと、彼は小さくうなずく。
「幹を揺らせば落ちてくるんじゃない」
「なるほど」
私は幹のそばに立ち、一つ深呼吸をする。そして、力いっぱい幹を蹴った。しかし、私の渾身のキックを受けても、びくともしなかった。
「はあ。全然だめね」
「これはどう?」
そう言って、手渡してきたのは、拳大の石と、ロープだった。
「ロープに石を巻き付けて、それを枝に向かって投げるの。そうすればチケットも落ちてくるよ」
なるほど。さすが子供だ。こういった知恵はすぐに出てくるのだろう。
私は早速、石にロープを巻き付けた。
「えいやっ」
チケットに向かって投げるが、少しずれてしまった。しかも、運が悪いことに、ロープが枝に絡まってしまった。
「ああ、どうしよう。ロープが絡まっちゃった」
「ふふ。じゃあこうしたら良いさ」
子供はそう言って、ロープを下に引く。
音を立てて枝が揺れる。それに合わせて、チケットももぞもぞと動く。
「よし。もう少しよ。頑張って」
私は子供にエールを送る。
「ほいさあ」
さっきよりも強めに引っ張ると、枝が大きくしなった。
「そおれ」
ロープを手から離すと、枝はその反動で、大きく縦に揺れる。その衝撃で、チケットは葉っぱからハラリと落ちてきた。
「やった。チケットが落ちてきた」
ひらひらと落ちてくるチケットを私は両手でがっしり掴む。指をゆっくり開くと、くしゃくしゃになったチケットがある。ピンと皺を伸ばすと、そこには一匹のブルドックの絵と、絵の横には「負け犬のパーティ」と書かれていた。
「負け犬のパーティ? 何それ?」
私の言葉に、ウサギの両耳がピンと立つ。
「なんと! 負け犬パーティの招待状ですか。それは素晴らしい。ブルドック伯爵のパーティは、めったに参加できないので、すごいですよ」
ウサギが興奮したようにしゃべる。
そう言われても、私は全く興味が持てなかった。ブルドックみたいな怖い犬は苦手だし、何よりパーティの名前がダサすぎる。
「それじゃあ、あなたにあげるわ」
私は子供にチケットを差し出すが、プルプルと首を左右に振る。
「えっ、ほしいんじゃなかったの?」
「やっぱりいらない。お姉さんにあげるよ」
「ああ、そう」
あまり嬉しくはなかった。ただ、行くあてもないので、行ってみるしかない。食べ物ももらえるかもしれないし。
「お姉さん。これ、約束だからあげるよ」
子供が差し出しできたのは、白くて小さい丸い物体だった。
「何これ?」
「ほら、食べ物がほしいって言ってたでしょ。僕の大事な宝物だけど、お姉さんにあげるよ。困った時に食べたら、必ず助けてくれるよ」
私は白い物体を手に取る。ふにゅっとした柔らかい感触だった。これはどうやら、マッシュルームのようだ。
「これっていったい……」
子供に聞こうとするが、目の前にその姿はなかった。あたりを見回しても、どこにもいない。
「お嬢さん、早くパーティに行きましょう。ブルドック伯爵に会えますよ」
ウサギが目を大きく見開き、こちらを見ている。
「はあ、まあ、行きましょうか」
私はもう一度、チケットを見る。ブルドック伯爵のやる気のない目が私を見つめていた。
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