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プロローグ
私は白鳥あげは。28歳。趣味は小説を書くことだ。ちょうど来月に大きな新人賞の締め切りが迫っていて、毎日寝る時間を削って執筆をしている。今夜も重い瞼をこじ開けてパソコンとにらめっこしていたのだが、いつの間にか眠っていたようだ。
私は体を起こし、ぐっと伸びをする。寝てしまったのはもったいないが、おかげで頭はすっきりしていた。さて執筆の追い込みにかかろうと、頭の上に乗った眼鏡をかける。
その時、私は気づいた。ここは家ではない。端的に言えば、私は、森にいた。ステンレスの無機質な机もなければ、小説が所狭しと詰められた本棚もないし、ホコリのかぶったエレキギターもない。目に見えるのは、背の高い木々と、無造作に生えている草、そして透き通った小川だけだった。
なぜこんな場所にいるのか。記憶の糸をたどっても、答えは出ない。私は間違いなく家で小説の執筆をしていた。決して一人キャンプなどしていない。お尻が冷たくなっていることに気づき、立ち上がると、椅子だとばかり思っていたのは岩だった。ツルツルの表面には文字が刻まれていた。「If you can dream it, you can do it.」。私はその文章をじっと見つめる。
「お嬢さん、ちょっとよろしいでしょうか」
声がしたので、振り返ると、そこにはウサギがいた。二本足で立ち、つぶらな瞳をこちらに向けている。
「少し悩みを聞いてほしいのですが」
ウサギの口が動く。口が動くのと同時に、声が出た。つまりは、ウサギがしゃべっている。
私は目の前の状況を全く飲み込めなかった。突然こんな森の中に来たと思ったら、言葉を話すウサギに声をかけられる。理解が全く追いつかない。しかし、そんなことは大した問題ではない。一番の問題は、目の前のウサギが、海パンをはいているということだ。
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