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テレビの声が虚ろに響いていた。誰も見ていない画面には、いま流行りの芸人が薄っぺらな笑いを振りまいている。
それは、午後8時過ぎのいつもの光景ではあったが。
1DKの小さな部屋。
──このごろ日常会話も途絶えがちだな
つけっぱなしのテレビ。それに潤いを求めているなんて。僕は、そのことを少し気にしていた。
時々、耳障りだと思わなくもない。けれどもスイッチを消したときの二人の静寂より、軽薄な音声が漂っているほうが、遥かにマシであった。それは哀しいことではあるのだが。
リビングで彼女は、書類の整理かなにかをしている。ときどき視線が、チラリとテレビに向けられていた。
──何か面白い番組でも始まったのかな
キッチンに立ちながら僕は、その様子を少し気にしていた。洗い物が片付く。まだ泡が残るスポンジ。それをギュッと最後に絞った。
──この倦怠ムード、変えなきゃ
手を拭きながら僕は何かを考えていた。
5〜6歩ほど向こう側にいる彼女。その後ろ姿にちょっと寄り添ってみようか。それはほんの思いつきのようなものだった。
ギュッ!
背後から彼女に抱きついた。勢い余って彼女がよろける。書類がバサリと散らばった。
「ちょっと、もぅ…… や、め、て」
言葉尻が、部屋の空気を切り裂いた。
──そんな言い方、しなくても……
そう声に出かかったが、その言葉を飲み込む。口に出すと、また言い争いになるから。
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