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そしてクリスマス・イブの夜を迎える。そんな日に限って、日中、仕事上のトラブルを抱えてしまっていた。せっかくの夜なのに、僕は心を荒ませたまま帰宅した。
「お疲れさま。あの、これ……」
帰宅早々、遠慮がちに彼女が何かを差出す。赤と緑のリボンを掛けた小さな包み。それは誰の目にもクリスマス時期のプレゼントだった。
「え? プレゼントは要らないよ。だって、やめようって言ったし……」
「…………」
彼女が唇を噛みしめる。そして力なく俯いていた。そして一杯いっぱいだった彼女の感情の堰が一気に壊れて行った。
小さな包みを手にしたまま、わぁーと彼女が泣き崩れる。そして包みをギュッと握りつぶしたかと思うと、それをゴミ箱に投げ棄て、扉の向こうへと消え去った。
隣室の奥で、彼女の小さな肩が震えていた。
僕は投げ棄てられたものを拾い上げた。そして皺だらけに変形した包みを開ける。
中に入っていたもの……それは一目で彼女の手作りだと分かる、小さな絵本だった。
色エンピツで丁寧に、二匹のクマが描かれている。少しだけ、飛び出す絵本のような作り込みが施されていた。
折れ曲がったページをめくる。
その絵本は、僅か数ページしかない、可愛らしいお話であった。
ーーーーーーーーーーーーー
「あなたがいてくれるから」
知らぬ間に悩みが消えて
出来ないことが出来ちゃった
なんだかとっても
穏やかな気持ち
それはあなたが いつも
そばにいてくれるから……
ありがとう ありがとう
数えきれない感謝の気持ち
クリスマスの日に どうか
あなたに届きますように……
ーーーーーーーーーーーーー
彼女は暗い部屋の隅っこで怯えるように泣いていた。その震える小さな背中を見て、僕は何かに気付かされる。
──彼女の心に寄り添うことなど、これっぽっちも僕はしていなかった
そのことに気付かされた。
思いがうまく伝わらないからって、彼女を疎ましく思い、冷たくしていたんじゃないだろうか。
「ごめんね。本当にごめんなさい」
彼女を抱きしめた。しっかりとこの両腕で、僕は彼女を抱きしめた。彼女の服の肩周辺、そして僕のシャツの腕周辺が濃い涙色に濡れていた。
「うん……」
小さく彼女が頷いてくれた。頬には一筋の涙が伝っている。それは流れ星の軌跡のように光って見えた。
ある感情が僕の心に届いた。それは絶対に手放してはいけない、大切な何かだった。
あの日……哀しくも切ない特別な一日。そのとき心に灯った感情を、ずっといまも僕は抱きしめている。少し折れ曲がった、小さな手描きの絵本とともに。
─終─
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