第五章 犯行動機

29/40
前へ
/297ページ
次へ
「結果的に玄関への道は塞がれてしまった母親はとっさにすぐ近くの和室に飛び込んだ。脅える直を押入れの中に押し込んだ時に女の泥棒が部屋に追いかけてきた。そのすぐ後ろには人を刺して興奮状態にあった男の泥棒が血まみれの包丁を手に持ったまま部屋に飛び込んできた。  人を刺すっていうのは癖になるんだ。一種の興奮状態だったんだろうな。見つかってしまったという焦りと、人を刺したという恐怖と高揚感に酔っていた男は目撃者をなくそうとした。つまりは、直の母親も手に持った包丁で刺したんだ」  淡々と語るあきらの表情は声色とは対象的に苦虫を噛み潰したように苦み走っていた。 「直は。ずっと押入れの中にいたのかい?」 「そうだ。母親は刺されて血まみれになっても押し入れの前からは動かず悲鳴も上げなかったらしい。直を子供を不安にさせないようにという気遣いだったんだろうな。うっすらと開いた押入れの隙間から母親が刺される音と倒れ込む音をずっと耳を塞ぎながら直は聞いていたそうだよ」  陽太郎は言葉を失う。そんな壮絶な体験があるだろうか。
/297ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加