マリアの幸せケーキ

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 ***  そんな、私にとっては心の故郷の味、ましま屋に事件が起きたのは、小学校三年生くらいの時のことだった。  一応説明しておくと、私の家は駅からさほど離れていない場所にある。駅の中を通り過ぎて反対側に学校があるため、学校に行くときも駅に行く時も普通にましま屋の前を通るのが通例だった。  ましま屋と我が家があるのが駅の西口の方。学校があるのが東口の方。多くの駅と同じように、この最寄り駅も何故か東側の方が栄えていた。西側の昔ながらの商店街はシャッターが降りた店も目立ち、少し寂れた空気になりつつあったのである。  東口の方にちょっと大きなショッピングモールができて、ますます客足がそちらに取られていたという背景もあるようだ。西口も再開発のため、多くの立ち退きが出るのではという噂があったらしい。  そんな私がいつものようにましま屋の前を通ると、丁度お店のおばちゃん達が開店準備をしているところだった。シャッターを半分くらいだけ開けて中で話しているおばちゃん達は、私が通りがかったことにも気がつかず、こんな話をしていたのである。 「寂しくなるけど、仕方ないわよね。売上も落ちてるし。……まあ、潮時だったのよ、ここでお店を続けるのも」 ――え?  しおどき。  その言葉の意味がわからないほど、私は子供ではなかった。まさか、このお店がもうすぐなくなってしまうのか?売上が伸びないせいで? ――そ、そんな……!  私にとって、ましま屋は特別なケーキ屋さんだった。将来、ましま屋のケーキ職人になるのが私の夢だった。他の子たちが、声優だのユーチューバーだのと言っている中で私だけが小さな頃からの夢を変えなかったのである。  誕生日とクリスマスの、大切な大切な思い出をくれた場所。あの味が、二度と食べられるなくなってしまうというのか? ――い、嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、そんなの絶対やだぁ!!  私は泣きたい気持ちで学校へと走った。  この時私の胸をいっぱいにしていたのは、ただひたすら後悔である。私の家では、基本的に誕生日とクリスマスしかケーキを買わない(その代わり、購入するケーキは高いものを選んでいたように思う)。しかし、そのせいでケーキ屋さんの売上に貢献していなかったのではなかろうか?私達がもっとたくさんケーキを買っていれば、ましま屋がピンチになることもなかったのではないか?  むしろ私が、子供だらと言い訳せず、自分のお小遣いでもっとケーキを買っていれば済んだ話なのではないか? ――とうしよう。このままじゃ、ましま屋がなくなっちゃう!!  学校へ行くと、教室には既にたくさんの友達が来ていた。私は涙が溢れないように必死で堪えながら、教室に来ていたクラスメート達に向かって叫んだのである。 「お、お願いみんな!え、駅前の……ケーキ屋さんがなくなっちゃうの!みんな、ケーキ買って、お願い!」  子供なりに一生懸命考えた結論。  ケーキの売上が伸びれば、きっとましま屋はなくならないで済むと思ったのである。
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