マリアの幸せケーキ

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 ***  しかし、実のところ子供がケーキを買うのはなかなかハードルが高いのである。  一つ目はなんといっても値段。小さなケーキでさえ、小学生の一ヶ月分のお小遣いを注ぎ込まなければ買えないこともしばしばだ。小学三年生ならば尚更、お年玉という切り札でも出してこない限りそうそう買うことはできない。よって、多くの子どもたちの答えはこうなる。 「……その、ママに今度頼んでみるね。ケーキ食べたいから買ってって」 「……うん」  二つ目は、そもそも最近の子にはケーキが好きではない子も多いということ。私が頼み込んだクラスメートの男の子は、心底嫌そうな顔をして言ったのだった。 「ええ?嫌だよ、俺ケーキ好きじゃねーもん。ましま屋って知ってるけど、あそこシュークリームやゼリー売ってないだろ?むりむり」  三つ目は、生菓子であること。子供が安全に家に持って帰るのは難しく、親の了承を得ずに買って帰ったら歓迎されないこともあるのが現実だった。賞味期限が短く、基本は冷蔵保存であり、冷蔵庫のスペースを取る。このあたりの判断を子供に下すのは非常に難しい。  よって。私が望んだような結果は得られなかったのだった。クラスメートのみならず、隣の教室にも顔を出して頼んだにも関わらず。 「……みんな、いじわる」  私は結局その日、意気消沈したまま授業を受けて家に帰る羽目になったのだった。  本当に意地悪した人間は、恐らく殆どいない。頭ではそれをわかっていても、子供心に納得するのは難しかったのである。  うちの家族だけで、ばくばくケーキを買って食べても大した売上にはならないだろう(と、わかっているのに「私達が毎日ケーキを買わなかったのがいけなかったのだ」と考えるのは本来矛盾しているわけだが)。焼け石に水。それがわかっていてもなお、私はましま屋に足を運ばずにはいられなかった。  朝の十時から夜の二十時まで営業しているましま屋だったが、当然平日の午後三時半くらいでは殆ど人がいない。一般的な会社員はまだ仕事をしているし、学生は勉強している時間だからだ。しょんぼりした顔で現れた小学生の女の子を見て、ベテラン店員のおばさんが声をかけてきてくれたのだった。 「あら?麻璃亜ちゃんじゃない。今日は誰かの誕生日とかじゃないわよね、どうしたの?」 「おばさん……」  長らく家族一緒に通っているお店であり、恐らく私が生まれる前からここで店員をやっているおばちゃんだ。私の顔なんてとっくに覚えているし、お母さんと長話していることも少なくない。両親がおらず、一人だけでケーキ屋に現れた女の子を心配するのは当然のことだっただろう。 「……その、ケーキを買いに」  私はもじもじしながら、いつもあまりちゃんと見たことがなかったショーケースを覗いた。
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