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誰のか分からない宇宙船に乗った。
白くて広かった。清廉な印象だけが、僕の胸に響く。足音が次第に罪悪感を駆る。
少し進むと、汚い老人がいた。彼の周りだけ此処に似合わないぐらいに不潔で、不快な匂いが漂っていた。
突然の来訪者である僕に、彼は、
「そこに座りなさい」
穏やかに呟いた。すぐ横の理科室にありそうな椅子に座る。
言動や行動から、彼の真意や感情を読み取ることが出来ない。老人が浅く溜め息を吐いたので、怒っているかもしれないと僕は思わず謝った。
「すいません。綺麗な宇宙船だな、と思って何も考えずに入って来ちゃいました」
言い終わってから、これでは目の前の老人を無意識の内に貶していると気付いた。
老人は、ヒィンガースナップを一つ、右手でゆるりと弾かせた。
呆気にとられている僕を無視し、彼はゆっくり目を閉じた。
「君は、闇を見たことがあるかい?」
深くて重い空気を、感じた。
同時に、瞬時に合う瞳は青かった。
「……闇って、どういうモノの事を言うのでしょうか?」
母に幾度と無く躾られた。質問を質問で返すな、と。
老人は、またしっかりと目を閉じ、言った。
「君は、光がないと、何も見えないのか?」
尖った語調ではなく、其れでも芯のある低い声。反省を意識して、喋った。
「はい。僕達には光がないと、何も見ることが出来ません」
目が合うと、今度は紅い瞳だった。
「世界が生きてきた証は、完全な闇だった。私達に何も見せなくなる。希望も、勇気も、縛られていることへの屈辱も、だ」
唐突に奏でられた声が、やけに沁みる。
冷酷なまでに白い宇宙船の中で、汚い老人は闇を語った。それが運命なんだなと、僕は勝手に理解をしていた。
「失礼ですが、光って何なんですかね?」
「……きっと、────この時間だけだろう」
老人はヒィンガースナップをまた一つ。
僕はここが今、懐かしくて、泣きそうになった。
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