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第14話 お侍さん、拠点に案内される
フランツたちの住居は冒険者ギルドのある目抜き通りから遠いらしく、"乗合馬車"で向かうことになった。
「ちょうどギルドの前に乗合所があるから便利なんだ。家から正門までの直通便もあるんだよ」
「あっ、来ましたよ!」
黒須は三宝荒神のような複数名が乗れる大鞍を想像していたが、ガタゴトと音を立てながらやって来たのは大八車に馬を繋いだような乗り物だった。
荷台には既に何人かが思い思いに腰を下ろしている。
「これが"馬車"か」
牛でなく、希少な馬を荷運びに使うとは。
日本において馬は大事な軍備物資。武家が優先して飼育するため、村や町では駄載馬は相当な贅沢品である。
「ニホンにゃ馬車はなかったのか?」
「牛車なら見たことがあるが、もっと小さい車だった」
狭い荷台に身を寄せ合うようにして乗り込むと、御者が馬にひと声掛けて発車した。
早歩き程度の速度だが、長距離を移動するなら確かにこれは楽だ。
敷き詰められた石畳のおかげで大して揺れず、寝ようと思えば寝られるほど快適な乗り心地だった。
周囲に人家も疎らになり始めた頃、黒須たちはようやく馬車を降りる。
「ようこそ、クロス。ここが俺たち荒野の守人の拠点だよ」
借家と聞いていたので、てっきり長屋のような集合住宅に住んでいるかと思いきや、その家はまさかの一軒家。
屋敷と言っても差し支えないような大きな物件だった。
中心街の建物と比べれば年季は入っているものの、立派な石造りの二階建て。
蔦に覆われた外壁や、所々に草の生えた屋根が築年数を物語っている。
家の周囲を黒い鉄柵が囲っているが、畑でも作れそうなほど広い敷地だ。
「こんな大きな屋敷に住んでいるとは思わなかった。Eランク冒険者とはそんなに儲かるのか」
黒須の問いかけに、フランツたちは苦笑して答えた。
「いや、それが実は訳あり物件でね」
「今はそれなりの見た目になったけど、俺らが借りた時はほぼ廃墟だったんだぜ。元は貴族のご隠居が暮らしてた家で、幽霊が出るなんて噂もあってよ」
「屋根も壁も穴だらけで、外で寝てるのと変わらないくらいでしたからねぇ……。それをみんなで頑張って補修したんですよ。特にバルトの力が大きかったですね」
「儂とて鍛治人の端くれじゃ。一から建てろと言われれば難しいが、補修程度ならお安い御用じゃわい。……最初は雨漏りやら隙間風で往生したがの」
言われてみれば、屋根や壁には所々つぎはぎのような補修跡がある。
しかし、大工でもない素人の仕事にしては大したものだ。
「ギルドや正門からは遠いけど、この場所も気に入ってるんだ。周りには人家がほとんど無いから外で好きなだけ訓練出来るしね。それじゃ、とりあえず部屋に案内するよ」
ギーギーと軋むような異音のする門を開け、建物の中に入る。
玄関で草鞋を脱ごうとしたところ、なんと家の中でも履物は脱がないそうだ。
土足で家に上がるのは抵抗があるが…………
家主がそう言うなら従おうと、意を決して敷居を跨ぐ。
屋内を土足で歩き回るのは、後ろめたいような、罪悪感を感じるような、何とも気持ちの悪い感覚だった。
「さぁ、今日からここがクロスの部屋だ。物は少ないけど、掃除はしてたから寝起きするには問題ないはずだよ。この部屋は好きに使って貰って構わないからね」
案内されたのは六畳ほどの部屋。
寝台と文机だけが置かれているが、一人部屋にしては広過ぎるほどだ。
部屋の奥には大きな窓もあり、西日が差し込んでとても明るい。
部屋に荷物を下ろした後は、屋敷の中を案内してもらった。
二階は皆それぞれの個室があり、黒須が入った部屋を除いてもまだ二部屋の空きがある。
空き部屋は普段使わない物などを仕舞う物置として使っているそうだ。
一階は共用部。
台所と厠があり、食事をする机や寛ぐための"ソファー"という大きな椅子が置かれている。
どうやらこの国では土足で歩き回る故に床に座る文化が無いらしい。
「あの穴は何だ?土間にしてはやけに小さいが」
「暖炉だよ。冬場はあそこで火を焚いて暖を取るんだ。薪置き場も家の裏にあるから後で案内するよ」
「そんなことよりクロスさん!ちょっとこっち来てください!」
どこか興奮した様子のパメラに腕を引かれ、屋敷の奥に連れられる。
勝手口を出た先にあったのは────
「風呂か!」
家の裏手には小川が流れており、その畔に衝立で囲むようにして風呂桶が鎮座していた。
露天風呂だ。
「はいっ!普段はお湯を沸かすのも面倒なのでそこの川で水浴びですけど、クロスさんお風呂好きなんですよね?」
「ああ……。すまんが、早速使ってもいいか?身体が痒くて仕様がない」
「構わんが、使い方は分かるか?そこの湯鍋で川の水を沸かすんじゃ」
使い方を簡単に教えてもらい、部屋から手ぬぐいを持って来て湯の準備をする。
生家では女中が、湯屋では三助が用意をしてくれていたため、自分で湯を沸かすのは初体験だが、やって出来ないことはない。
川で着物を洗いながら待ち、程よいところで風呂桶に湯を注ぐ。
水を追加して温度を調整すれば準備万端だ。
「冷え物御免」
一人きりの風呂桶に冗談めかして一言呟き、足を差し込む。
「はあぁ〜……」
ゆっくりと身体を沈めると、思わず声が出る。
汗みどろになった後の風呂は、正に格別。
全身に溜まった疲れが滲み出てくるようだ。
黒須は顎まで湯に浸かり、久々の風呂を堪能した。
・・・・・・・・・・
風呂から上がって中に戻ると、皆が夕飯の準備をしているところだった。
「今日はクロスさんの歓迎会ですからね!豪華な晩ご飯を作りますよ!」
「作りますよ!じゃねぇよ馬鹿。大人しく座ってろ!」
「パメラよ、ほれ、こっちへ来んかい。皿を並べるのを手伝っとくれ」
……………ちらり。
「パメラの料理は……その、なんて言うか…………」
「クソ不味いんだよ。だからな、クロス。料理は当番制なんだが、アイツ以外の四人で回すことになる。頼むぜ」
「ひどいっ!!最近は上達したじゃないですか!昨日の晩ご飯だって手伝いましたよ!」
「角兎と赤頭鳥に塩振っただけだろうが!偉そうにすんじゃねえ!それにアレ、めちゃくちゃ塩辛かったぞ!」
確かに、昨晩の肉はやけに塩が効いていると思った。
異人と自分では味覚や味付けの好みが違うのかと思い黙って完食したが────なるほど。
結局、その日の料理はマウリとフランツが作ってくれた。
「「「「「かんぱーい!」」」」」
夕飯は昨日狩った獣の残りを使った料理だ。
肉と野菜を煮込んだ"シチュー"、生の野菜に塩と油をかけた"サラダ"、牛の乳を固めた"チーズ"、麦を捏ねて焼いた"パン"。
この国では米は食されておらず、このパンが主食らしい。
マウリがシチューに浸して食べているのを真似てみたが、存外悪くない。
酒も振舞ってくれた。
葡萄という果物から作った葡萄酒という酒らしい。
海牛の出す紫色の汁のような色合いをしているが、これも呑んでみると案外旨かった。
この酒は大樽で銀貨一枚と安いらしく、水代わりに昼でも飲むものなのだとか。
荒野の守人の仲間になって初めての食事は、わいわいと楽しい時間だった。
食後、ソファーで寛いでいると、フランツがいつになく真面目な顔で話し始めた。
「……クロス。実は、聞いておきたいことがあるんだ。今日から俺たちは命を預け合う仲間になった。だから、モヤモヤした部分を出来れば解消しておきたい。ただ、クロスがどうしても話したくないことなら無理には聞かない」
「俺には人に話して恥ずべきことなど何一つ無い。何でも訊けばいい」
「じゃあ、まずは一番気になってたことから。クロスは……どこから来たんだ?クロスの国、ニホンってどこにあるんだ?」
「それは前にも言った通り、俺自身もよく分かっていないのだが……。峠道を歩いていて、気が付くと突然あの森の中にいた。ファラス王国など聞いたことも無いし、俺の国に魔物はいなかった。マウリやバルトのような人間以外の種族にも逢ったことが無い」
「北にある小国群の一つではないのか?」
「いや、小国群が何かは知らんが、そもそもにおいて日本国は島国だ。同じ島の中にこのような大きな国が存在していれば、一度も耳にしたことが無いなど考えられん」
「島国だと……?東の果てに獣人族の作った島国があるらしいが……お前、獣人も知らなかったもんな。どういうことだ?」
「分からん。だが……笑われるかも知れんが、俺は神隠しのようなものに遭って、海を渡ったのではないかと考えている。以前、お前たちに似た顔立ちの者に逢ったことがある。その者は、海を隔てた別の大陸から来たと言っていた」
ここで、先程から難しい顔で話を聞いていたパメラが何か思いついたように顔を上げた。
「それって……もしかして"転移罠"じゃないですか?迷宮には部屋に入った途端に別の場所に飛ばされる罠があるって聞いたことがあります。クロスさんはニホンでその罠を踏んだんじゃないですか?」
「人を別の場所に飛ばす罠、だと?」
刹那、黒須は強烈な恥と自責の念に襲われた。
無様にも罠を踏み抜いたというのか、この俺が。
なんたる未熟、なんたる油断。
あの時、確かに足下へ注意を払っていなかった。
人通りのある往来だ、そんなものが仕掛けられているとは夢にも思わなかったが……そんなことは言い訳に過ぎない。
"虎を画きて狗に類す"
黒鬼などと恐れられ、調子に乗っていたのだ。
付け上がり、増長し、図に乗り、思い上がっていたのだ。
黒須の家名に泥を塗る恥晒し者がッ…………!
無性に暴れ出したい衝動に駆られ、奥歯をギリギリと噛み締める。
奥歯を噛み砕いてしまいたかった。
突如として豹変した黒須にフランツたちは驚きはしたものの、落ち着くまで黙って見守っていてくれた。
黒須の顔色が戻ったのを見計らい、会話が再開される。
「その辺の道端で転移の罠に掛かるなんぞ、聞いたこたぁねえが……どうも、状況的にはその可能性が高そうじゃの。となれば、お前さんは想像もつかんような遥か遠くからこの国に移動して来たことになる」
「何つうか、思ってたよりも重い事情みてえだな…。じゃあ、クロスはどうにかしてニホンに戻んなきゃなんねぇわけか」
「……いや?確かにいつかは戻らねばならんが、特に急ぐつもりはないな。最近は旅にも倦んでいたが、この国には見るべき所が多そうだ」
まだ見ぬ強者どもを前にして、それを放置して帰宅したなどと父上が知れば、きっと『元親、貴様!臆病風に吹かれたか!!』と激怒することだろう。
父上の性格だ。
良くて勘当、下手をすると自刃を命じられることも有り得る。
「クロスは、その……貴族様じゃないのか?家に戻らないといけないんじゃ?」
「俺は貴族ではなく、武家の三男だ。俺が居なくとも黒須家には父や兄たちがいる。何の問題もない」
「武家というのは貴族様とは違うんですか?」
「俺はこの国の貴族を知らんし、そもそも政治には疎いので説明は難しいが……。黒須家も領地を預かる御家の一つだ。アンギラほど立派な土地ではなかったが」
「なるほどの……色々と納得したわい。だがお前さん、そんな良家の息子にしちゃあ、ちと強過ぎる。10年も旅を続けていたことといい、何ぞ特別な事情でもあったんじゃないのか?」
「黒須家に限らず、武家に生まれた者に弱卒など一人も居ないぞ。俺の国では武家の一門に連なる者は武士と呼ばれ、その全員が強さを求める。『戦えぬ者は武士として無価値』と言われていてな。物心ついた時から剣を振り、厳しい環境に敢えて身を置き、修羅場を探しては飛び込み、極限まで己を鍛え上げる。俺のように武者修行の旅に出る者も多い。そんな者同士が出逢うたびに勝負をして、生き残った方が旅を続けるのだ。あの巨人を倒せる程度の武芸者など掃いて捨てるほど居たぞ」
「……………………」
「いや、どんな国だよ……」
「せ、戦闘民族ですねぇ……」
「俺、魔物がいないって聞いて、平和で牧歌的な国なんだと思ってたよ……」
「他に訊きたいことはないのか?」
「え?……えっと、じゃあどんな人生を送って来たのかを……」
「俺の人生など大して面白くないぞ。幼少の頃から戦うことしか能がなくてな、15の時に本来立てるべき兄上を皆の前で打ち負かしてしまった。それ以来、家中の者から変わり者扱いされて、17で旅に出た。強そうな相手を探しては斬り、戦場を探しては飛び込んで────」
その晩の語り合いは夜遅くまで続いた。
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