第15話 お侍さん、お買い物に行く

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第15話 お侍さん、お買い物に行く

翌日、荒野の守人の一行は街へ繰り出していた。 フランツとバルトが装備を修繕に出しに行くと言い出し、そこに生活に必要な物を買いたいと黒須が同行を志願。 どうせならついでに黒須に街を案内しようという話になり、結局は全員で馬車に乗り込んだのだ。 「"荒野の守人"……。"荒野の守人"か……」 「まだ言ってんのかよお前」 「気に入ってくれたみたいですねぇ」 馬車の荷台でブツブツと呟く黒須を仲間たちは呆れた様子で見ていた。 昨夜、パーティーの()()()()を聞き、黒須は(いた)感銘(かんめい)を受けた。 フランツが立ち上げ、バルト、パメラ、マウリの順で加わり今の面子(めんつ)となったそうだが、彼らは皆が地方出身者。 魔物が蔓延(はびこ)るこの国において、都市部と地方では冒険者の数に大きな格差があり、フランツたちは幼い頃から魔物の脅威に怯えて過ごす日々だったらしい。 『仮令(たとえ)誰も住まないような荒野であっても、助けを求められれば守りに()く』 そんな(おも)いを込めて付けた名なのだとか。 "武士は相身互(あいみたが)い" 黒須のような一本独鈷(いっぽんどっこ)の浪人が言える立場ではないが、その精神は武士道に通じる所がある。 この国の守護者は一体何をしているのかと腹の立つ一方で、彼らのように高潔な考えを持つ者も居るのだ。 (いびつ)だが、(たい)らか。 やはりこの国は面白い。 「おーい。行くよー」 「ほれ、シャッキリせんかい。降りるぞ」 まずやって来たのは昨日ギルドに向かう際に見かけた武器屋。 店の外に置かれた(たる)には、大量の剣や槍が乱雑に差し込まれている。 「こんにちはー!親方、いますかー?」 「ちょっと待っとれ!!」 しばらくして店の奥からドスドスと出てきたのは、前掛けをしたバルトだった。 いや、バルトは俺の横にいる。別人か。 本当に鍛治人(ドワーフ)というのは見分けがつかん。 「おう!守人の連中か!今日はどうした?」 「魔の森で酷い目に会いましてね。装備の修理を頼みたいんです」 そう言うと、フランツとバルトはそれぞれの武器や鎧を台の上に並べた。 「こりゃまた……手酷くやられたな。何と戦った?」 「巨人ですよ。森狼の依頼中に運悪くカチ合いました。そっちの彼、クロスが助けてくれなかったら死んでたと思います」 「見ねぇ顔だな。他所者(よそもん)か?」 「ああ、異国から来たクロスという。今は縁あって荒野の守人に世話になっている」 「それで、親方。修理にはどれくらい日数が掛かりそうですか?俺たち予備の装備は持ってなくて、直るまでは依頼に出られないんですよ」 「ふむ……3日ってとこだな。だが、フランツの丸盾はこりゃもう駄目だ。新しいのを買え」 「うー……やっぱりかぁ……。気に入ってたんだけど……。分りました」 フランツは肩を落としながら新しい盾を探しに行った。 相当に落ち込んでいるようで、パメラが『お庭にお墓を作ってあげましょうよ』と、意味不明な言葉で慰めながら後を着いていく。 「それとマウリ!おめぇもいい加減その皮鎧は新調しろ!もう擦り切れてんじゃねぇか!いいか、鎧ってのはなぁ──」 何故か説教が始まったため、黒須とバルトもマウリを残してその場を離れた。 2人で店の中を見て回る。 剣・盾・槍・弓、それぞれ数え切れない程の数と種類がある。 刀剣商には何度か立ち寄ったことがあるが、ここまでの品揃えは初めてだ。 見たことの無い武具も多く、黒須は年甲斐もなく興奮してきた。 「バルト、これは何だ?」 「連接棍(フレイル)じゃな。扱いは難しいが、遠心力を使った強い打撃が繰り出せる武器じゃ。力の弱い者が使うことが多い」 「あれは?」 「波刃剣(フランベルジュ)。その波立った刃で刺されると、傷口がズタズタになって出血が止まらんようになる。大型の魔物相手に使う武器じゃな」 「こっちは?」 「佛塵(フォチン)じゃ。あまり使い手は見たことねぇが、その大きな毛の部分で攻撃を払う防具の一種じゃな」 その後も次々に珍品を解説してもらう。 魔物の素材を利用して作られた品も数多くあり、見ていて全く飽きが来ない。 バルトもやはり武具が好きなようで、嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。 「これは連弩(れんど)と言ってな、普通の(いしゆみ)と違って──」 「いつまでやってんだお前ら!」 このまま一日中でも居られそうなほど夢中になって話し込んでいたが、吟味することも無くさっさと鎧を新調したマウリにせっつかれて仕方なく買い物を済ませる。 黒須は当初、手持ちに無かった砥石だけを買い足すつもりでいたが、バルトから魔物と戦うならあれも必要だこれも必要だと、勧められるままに他の物も購入してしまった。 集落で拾った剣より少し刃渡りが長い幅広剣(ブロードソード)という両刃剣に、解体用のナイフと投擲用のナイフを数本、胴を守るための皮鎧。 戦でもない平素に胴鎧を着るのは妙な感じだが、言われてみれば確かに道ゆく冒険者には鎧を着た者が多い。 「近頃の若モンにしちゃ珍しいな。自分で剣を研ぐのか?」 「当然だが……。剣の手入れをする者が珍しいのか?」 「剣の研ぎは親方みたいな専門家に任せる人が多いね。俺はバルトに習ったから自分でやってるけど」 「そうなのか。俺も昔から刃こぼれのような大きな傷でない限りは自分で研いでいる」 「ほぉ、良い心がけだ。どれ、ちょっと剣を見せてみい。状態を見てやろう」 「…………」 大小を腰から引き抜き、鞘のまま台に置く。 普段なら刀を他人に触れさせることなど決して無いが…この人物なら大丈夫だろう。 店の武具はどれも素晴らしい逸品だった。 腕利きの刀匠(とうしょう)に違いあるまい。 「儂が頼んでも見せてくれんかったのに……」 バルトが何か言っているが、あの時はまだ彼らを信用していなかったのだ。 今ならばまださておき、敵か味方かも分からん相手に武器を渡す阿呆など居ない。 黒須が(かたく)なに見せなかった刀を差し出したのを見て、暇そうにしていたパメラとマウリも寄って来る。 親方は丁寧に刀を持ち上げ、鞘を払った。 「なんじゃ──こりゃあ!?」 「へー、綺麗な剣ですねぇ」 「巨人を斬ったにしては、細い剣だよな」 「うわぁ……高そうだなぁ……。俺にはまだ早そうだ」 「オーラフ!儂にも見せんかい!」 鍛治人どもが騒いでいるが、刀を褒められて悪い気はしない。 大刀・縊鬼(いき)、小刀・阿久良王(あくらおう)地金(じがね)は樹木の年輪のような杢目肌(もくめはだ)刃文(はもん)には個性的な箱乱刃(はこみだれば)が浮かび、中央よりも柄側に中心がくる腰反(こしぞ)りの(こしら)え。身幅は手元側が広く、(きっさき)に行くほど細くなっており、斬るにも突くにも適した自慢の愛刀だ。 「クロスと言ったな!?この剣売ってくれ!!」 「駄目だ」 「金貨200……いや、250枚出すぞ!!」 「金貨百(まん)枚でも断る。それは父から譲り受けた大切な刀だ。俺の命よりも遥かに価値が高い」 「オーラフよ、こりゃあ何で出来とるんじゃ?」 「分からん……。見た目と重さからして(はがね)の一種だとは思うが……ただの鋼ではこんな色味には絶対にならん。こりゃあ相当に純度が高い証拠だ。ワシの知っとる製鉄技術では不可能なレベルだな。それに、刃の部分と(みね)の部分で使われとる金属が少し違うように見える。この造りは……たまたま混ざったんじゃねぇな。強度を上げるために()えてそうしとるのか。合金鋼でもないのに完全に一体化しておる。どうやればこんなモンが打てるのか、見当もつかん」 その後もぎゃあぎゃあと騒ぐ鍛治人2人をフランツが何とか(なだ)め、武器屋を後にする。 オーラフは『いい物を見せてもらった礼だ!』と、本来は金貨4枚の代金を3枚に負けてくれた。 今後もこの店を贔屓(ひいき)にすることにしよう。 さて、次は呉服屋だ。 これは黒須の希望で彼らの行きつけの店に案内してもらった。 黒須は旅の身の上だったため、着流しなどの普段着を一枚も持っていないのだ。 それに、フランツたちの履いている"ブーツ"という履物は、草鞋(わらじ)に比べて随分と履き心地が良さそうに見える。 「おや、あんた達かい」 「こんにちは、ヤナさん。今日は彼の服を見に来たんだ」 店の奥から出てきたのは、縦にも横にも大きい中年女性だった。 「クロスだ。よろしく頼む」 挨拶をしつつ目線を少し上に向ける。 頭に耳、獣人か。 『ヤナさんは熊獣人(オルサス)です。とっても力持ちの種族なので、怒らせると怖いですよ』とパメラがこっそり耳打ちしてくれた。 「そうかい。採寸(さいすん)してやるからちょっとこっちに来な」 ヤナは黒須の身体をクルクルと回しながら紐のような物であちこちを測り、次々に着物を選り分けていく。 ──如何(いか)に獣人とは言え、片手で容易(たやす)武士(おれ)の重心を動かすとは。 「御刀自(ごとじ)、武の心得(こころえ)があるのか?」 「……よく分かったね。あたしゃ、元Bランク冒険者だよ」 「人の身体の崩し方を良く知っている。見事な腕前だ。願わくば一手……御教授賜りたいところだが」 「……変わった子だね。冗談言うんじゃないよ。旦那と結婚して引退したのがもう10年も前の話だ」 視線に殺気を混ぜて挑発してみたが、蝿を払うような仕草で軽くいなされてしまった。残念だ。 「さて、こっちがアンタの寸法に合った服だよ。中古品だけど、どれもまだまだ着られる丈夫な服ばかりさ」 着物など中古が当たり前なので、特に忌避感は無い。 黒須の着ている着物も長兄の着古しを母が手ずから直してくれたものだ。 ヤナの並べた品はどれも着慣れない様式の服だが、逆にこの街では黒須の着物の方が目立つ。 人目など気にするものでは無いが、せっかく異国で生活するのだから、黒須は出来るだけこの国の文化を満喫しようと考えていた。 普段着にする物を上下何枚かずつと、皮製の頑丈そうな物も選ぶ。 「履物は置いているか?」 「そっちの棚にあるよ。アンタの足なら下から3段目がちょうど良いはずさ」 ヤナが指差した棚にはずらりとブーツが並んでいる。 丈の長い物から短い物まで様々だ。 「随分と種類が多いな」 「ブーツも立派な防具だからな。俺は重いのは困るから短い丈で軽いのを履いてるが、パメラは脛当(グリーブ)代わりに長い丈のを選んで履いてる。フランツとバルトのは鉄板入りの防御力重視のヤツだぜ」 「なるほどな。俺も出来るだけ軽い物がいい。あとは、なるべく底が柔らかい物があるといいが……」 「何でだ?靴底なんて固い方がいいじゃねぇか。尖ったモン踏んだときに怪我するぜ?」 「固すぎると起伏のある足場で戦う時に足元が不安定になる。柔らかい方が地面をしっかり踏み締められる分、力が入れやすいからな。それに、気を張っていれば尖った物など踏み抜かん」 黒須は前に板裏草履(いたうらぞうり)を履いて岩場で戦ったことがあるのだ。 あの時は足元がふらついて思うように刀が振れず、最終的に草履を脱ぎ捨てて素足で戦う羽目になった。 勝負には勝ったものの足裏は血塗(ちまみ)れで、しばらくの間は歩くのにも難儀(なんぎ)した。 「それなら少し値は張るけどこのブーツがおすすめだよ。砂芋虫(サンドワーム)の皮に靴底は苔蛙(フロギーモス)の甲殻だ。どっちも軽くて柔らかい素材で作ってあるからね」 ヤナが(すす)めてくれた丈の短いブーツを手に取ってみると、なるほど、軽い。 頑丈そうな見た目に反して草鞋と変わらないほどの重さだ。 まだ少し固い気もするが、このくらいならば許容範囲だろう。 「これを貰おう」 黒須はブーツを決めると、靴下と呼ばれる下履も助言に従い数枚購入した。 「毎度あり。他には何かあるかい?」 「そうだな……」 「クロスさん、(カバン)もあった方が良いんじゃないですか?その背負袋、いつも物を取り出すとき大変そうですし」 確かに…………。 フランツたちは腰の帯革に大小の物入れをぶら下げているが、あれは便利そうだ。 打ち飼いのように毎回降ろさなくても物が取り出せるし、何より両手が塞がらないのが良い。 「そうだな。それも必要だ」 先程購入した皮鎧の帯革に合う物を選ぶ。 物入れ用の大きい物と、寸鉄や袖鎖など咄嗟(とっさ)に取り出すための小さな物をそれぞれ購入して店を出た。 服屋では金貨5枚と銀貨6枚を使った。 必要な物は大凡(おおよそ)購入出来たが、これで残りの金は金貨3枚と銅貨8枚。 有り金の大半を一日で使ったことになる。 黒須にとっては間違いなく人生最大の散財だった。 しかし、新しい物を身に着けるというのは、やはりとても気分がいい。 俺も冒険者という職についたのだ。 金など、また稼げばいい。 後は細かい雑貨と食料の買い出しだけだ。 仲間たちと購入した品の感想を話しつつ上機嫌で目的の商店に向かっていると、前から大勢の男たちが歩いて来た。 「おい見ろよ。小人族(ホビット)だぜ」 「やっべぇ!財布隠せ、盗まれんぞ!ぎゃはは!」 ────何だ?此奴等(こいつら)
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