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第4話 お侍さん、集落を見つける
男たちの痕跡を辿る道中、小腹が空いたので食事を摂ることにした。
荷を降ろして薪を集め、腰にぶら下げていた火打袋から道具を取り出す。
灸を据えるのによく用いられる艾だが、これは火口としても優秀な植物だ。
火打鉄でカンカンと石を叩いて火花を浴びせると、あっという間に種火が出来た。
適当に組んだ枯れ木の中に放り込み、強く息を吹きかけて火を熾す。
「さてはて、どんな味がするのやら」
黒須の手には枝に突き刺された大蛇の肉。
あれを神の使いなどとは最早思っていないが、普通の蛇とも考え難い。
仮に物怪の肉だったとして、これを食って神通力でも得られれば面白いのだが。
下らないことを考えながら焚火で肉を炙っていく。
塩など持ち歩いていないため、もちろん味付けなどは一切していない。
毒があるかも知れないので大量には食えないが、味見は少し楽しみだ。
ほどよく焼けた所で火から離して匂いを嗅いでみたが特に刺激臭は無く、どちらかと言えば香ばしい良い匂い。
河豚や曼陀羅華、附子、毒空木など、自然由来の猛毒であれば刺すような痛みが鼻の奥に来るため大抵は匂いで判別出来るが、これなら問題はなさそうだ。
試しに端の方をちまりと齧ってみる。
む、これは────。
「旨い……!」
クセの無い白身魚のような歯切れのいい食感、塩気が強いが噛み締めるたびに脂の甘さもしっかりと感じる。
これまでに食ってきた蛇は淡白でパサついた筋肉質のものばかりだったが、これはまるで別物だ。
良く肥えた猪肉から獣の臭さを消したような極上の美味。
醤油で軽く香りをつけるか、味噌焼きにでもすれば絶品だろう。
夢中で食べ進め、瞬く間に完食してしまった。
「……………」
まだまだ肉は残っているし……もう一つ焼こうか。
いや、駄目だ。
時間を空けて後から効くような毒なら、こんな訳の分からん森で卒倒する羽目になりかねん。
口に残る肉の味に心を引かれつつ、焚火を踏み消して荷物を背負い直す。
またあの蛇が出てきてたら必ず狩ろうと、チラチラと木の上を見ながら追跡を再開するのだった。
・・・・・・・・
休憩してからしばらく、集落を見つけるまでにさほど時間は掛からなかった。
ガサガサと背の高い草むらを掻き分けた先にあったのは、周囲と比べて木々の少ない平地。
人の手で伐採したのではなく、恐らく天然の空き地に村を築いたのだろう。
黒須がそう思ったのは、その集落がこれまでに見たどこよりも貧しい寒村だったからだ。
まともな建物は一つとして見当たらず、木の枝と獣の皮を雑に組み合わせてその上から枯れ葉を被せたような、小屋と呼ぶのも憚られるものがいくつも並んでいる。
入口らしき穴が無ければただの枯葉の山にしか見えない。失礼ながら、あれでは家と言うよりも獣の巣と言われた方がよほどしっくりする。
集落の中をまばらに行き交う人々は先程逢った者たちとよく似て…と言うより、見分けがつかない程にそっくりだが、やはり皆一様にして着物すら着ておらず、野蛮人と見まごうほど不潔な風体をしている。
しかし、逆に考えれば、これだけ姿が似ているのならこの集落が彼らの出身であることは間違いないと言えるだろう。
「……よし、と。また怯えられても敵わんからな」
黒須は先ほどの反省を活かして少し離れた場所に鹿の死骸や荷物を置くと、旅立ちの日に父が持たせてくれた大切な刀も隠すことにした。
浪人の身の上で月代は剃っていないため、これなら一見して武家の者には見えないはずだ。
万が一を考えて小柄と寸鉄を袖の中に隠しているが、傍から見れば完全な丸腰。
長い流浪生活によって着物は多少薄汚れているものの、野伏や野盗に間違われるほどではないだろう。
むしろ、遠目で覗いた集落の住人の格好と比べれば小綺麗なほうだ。
集落の周りは一応木の柵のような物で囲まれているのだが、正々堂々と入ろうにも入口が分からないため、黒須は柵の外から大声で呼び掛けた。
「おーい!俺は通りすがりの旅の者だ!この集落の長に急ぎ伝えたい要件がある!村長殿がおられたらお取次ぎ願いたい!」
武門の家の者として、身分を隠すことは恥とも言える。
この場合は仕方がないのかもしれないが、嘘偽りを述べるのも心苦しく、苦肉の策として"旅の者"と名乗ることにした。
これならば多少怪しまれても、初手から怖がられることはあるまい。
そう思って集落からの反応を待っていると、住処のあちこちから一斉に奇声が上がる。
……おい、今回は丸腰だぞ。
何故どいつもこいつも武器を振り回しながら走って来る?
住処からワラワラと這い出てきた住人たちは、手に手に武器を持っていた。
その雰囲気はとてもこちらを歓迎しているようには見えない。
一際大きな益荒男が先頭を駆けているが、明らかに尋常な様子ではなく、目は血走り、口から涎を垂らしながら何事か意味の分からないことを大声で吠えている。
他の者が粗末な槍や棍棒を持っている中で、その男だけが妙に立派な剣を掲げていた。
彼がここの長なのだろうか。
というかこいつら、そもそも俺の言葉が理解出来ていないのではないか?
山奥の村では文字が読めない者などは珍しくもないが、言葉を話せない者たちの集落など聞いたことも無い。
いかに山窩と言えど、これだけの人数が居て一人も言葉が通じないとは思ってもみなかった。
しかし、せっかく見つけた人里だ。
どうにか穏便に話し合い、せめて最寄りの町までの道くらいは聞き出したい。
「この中に俺の言葉が分かる者は居ないのか!俺はお前たちの仲間について大事なことを──」
説得しようと再度大声を出した矢先、黒須は集落の中央に"ある物"を見つけて閉口する。
それは、一言で表現するなら祭壇に見えた。
周囲よりも一段盛り上がった地面に長い杭が突き立てられており、その先端には大きな牙が特徴的な獣の頭骨が飾られている。
杭の根元には場違いに美しい色とりどりの花がばら撒かれており────そこには人間の頭部がいくつも転がっていた。
既に白骨化して髑髏になっているものから、つい先程切り落とされたように見えるものまで、ざっと20以上の数がある。
墓標……?
いや、違うな。
一瞬だけこの集落独自の弔い方法なのではとの考えが頭を過ぎるも、転がされている首の表情を見てその愚考を打ち消す。
老若男女入り交じっているが、共通してその表情は苦悶に歪んでいた。
ただ病や怪我で苦しんだだけでは、絶対にああはならない。
間違いなく、あれは責苦を受けて悶え死んだ者たちの顔だ。
やけに好戦的だと思ったが……なるほど、ここは追い剥ぎどもの集落か。
黒須は一人心中で納得し、素早く腕を振った。
「ギィッ、アァァァアアアッ!!!!」
ビュッ!という風切り音の後に、大きな悲鳴が森に響き渡る。
声の元を見れば、先頭を走っていた大男の左目から小柄が生えていた。
「他人から奪うことでしか生きられぬ者どもよ、貴様らは害悪だ。死ね。この集落の者は鏖だ」
怒りに歪んだ顔で宣言する黒須の声は殺意に満ちており、腹の奥からは憎悪とも厭悪ともつかぬ感情が噴き出していた。
領地を束ねる武家の者にとって、湧き出る追い剥ぎは獅子身中の虫である。
連中は丹精込めて育てた田畑を荒らし、護るべき領民に害をなす。
蛆のように、最も耐え難い種類の害虫。
この森が誰の守護地かは知らないが、到底見過ごせるものではない。
「アァァアッッ──ギッ」
黒須は顔を押さえて蹲る大男に歩み寄ると、脳天に寸鉄を叩き込んだ。
特注の寸鉄は先を尖らせてあり、その一撃で男の脳は破壊された。
土下座するように倒れ込んだ男を仰向けに蹴り倒し、事切れた遺体の手から剣を拾い上げてしげしげと観察する。
初めて見る拵えだな。
幅広の両刃剣、愛刀に比べるとやや短く、若干重いか。
「グギャッ!?」
丁度よく目の前で固まっていた者で試し斬りを試みると、肩口から侵入した刃は鎖骨を絶って胸で止まっていた。
「鈍だが……重さが良いな。これで十分だ」
初めて使う武器に少しばかり高揚しながら、向かってくる相手を撫斬りにする。
最初に出逢った者たちもそうだったが、この集落の連中は敵を取り囲んで攻撃するという当たり前の戦法すら知らないのか、馬鹿の一つ覚えのように突っ込んで来るだけだ。
弓などの遠距離攻撃も無く、せっかく長槍を持っている者も集団に押されて機能していない。
連携して戦うという頭がないのか、早い者勝ちとでも言わんばかりに押し寄せてくる。
しかし、長をやられて逃げ出すかと思いきや、根性だけはあるのか、はたまた数の有利で勝機があるとでも思っているのか、誰一人として臆する様子がない。
これだけの胆力があるのなら、追い剥ぎなどせずとも戦地に出れば出世の目もあるだろうに。
全くもって理解し難い連中だ。
10人も倒した頃には血脂で剣が斬れなくなったが、この程度の相手なら何の問題もない。
斬れずとも、鈍器として頭をカチ割ることは出来るのだ。
黒須は集落の中から悲鳴が一つも聞こえなくなるまで縦横無尽に走り回り、次々と命を奪っていった。
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