82人が本棚に入れています
本棚に追加
第5話 お侍さん、冒険者に出逢う
集落を殲滅した黒須は隠していた刀を取りに行き、そのまま最初に斬った5人の元に戻っていた。
追い剥ぎとはいえ死ねば仏だ。
仲間たちと共に弔ってやろうと考え、何度か往復して遺体を集落へ運び込む。
住処の建材に使われていた鹿の角のような物を利用して墓穴を掘り、憐れにも転がされていた犠牲者の首を竹筒の水で綺麗に洗い整えて荼毘に付した。
追い剥ぎどもの遺体も集めて燃やし、それぞれに簡単ではあるが慰霊塚を作る。
近くにあった大きめの岩を置いただけのものだが、これが今出来る精一杯だ。
名も知らぬ相手だが、せめて安らかに眠ってくれと、並んだ岩に眼を瞑り手を合わせた。
「ふぅ……」
疲れを吐き出すように大きく息をして、土塗れになった着物をパンパンと手で払う。
乱れた髪がべったりと海藻のように汗の滲んだ額にへばりつき、不快感で微かに眉間に皺が寄った。
どこかで一度水浴びでもしたい気分だったが、この近くには水場も無く、竹筒の水も使い切ってしまったので今更どうしようもない。
森を抜けたらまずは湯屋に行こうと心に決め、腰に手を当てて茜色の空を見上げる。
「そろそろ日が暮れるな」
遺体を運ぶのにかなり時間を取られたため、気がつけば日は傾き夜の帳が下りようとしている。
さっさと寝床を探して疲れを癒したいところだが、この集落の中で休むことは出来ない。手加減なしで暴れ回った結果、辺りは一面血の海だ。
この臭いで獣が集まるかも知れないし、集落を離れていた者がひょっこり戻って来ることも有り得る。
黒須はキョロキョロと周囲を見渡すと、神社にあれば御神木として祭り上げられそうなほど立派な大樹に目をつけた。
数年前、山中で野宿した際に山犬の群れに囲まれて酷い目にあった経験もあり、こういった場所では出来るだけ高所で眠ることにしている。
決して寛げるような寝床ではないが、襲撃で叩き起されるよりは遥かにマシだ。
集落の中も俯瞰で見渡せるため、闇討ちを警戒するにもあの木が丁度良いだろう。
するすると慣れた様子で木に登り、幹を背にして太く安定した枝を跨ぐ。
持っていた縄で幹と己を固定すれば、十分に身体を休めることが出来た。
・・・・・・・・・
チュンチュンとやけに五月蝿い鳥の声で意識が覚醒し、無言のまま視線を下に落とす。
昨晩登った時には気が付かなかったが、黒須のすぐ下の枝には小鳥が巣を作っており、母鳥が我が子を守ろうと一生懸命こちらを威嚇していた。
「…………」
他人の力で起こされた寝起き特有の苛立ちを覚え、親子丼にしてくれようかとも思ったが……起き抜けに鳥を怒鳴りつける自分を想像して阿呆らしくなった。
後頭部にはまだ眠気がこびりついているものの、地上で身体を伸ばしたい欲が眠気に勝り、頬を暖かく照らす朝日に目を細めながらゆっくりと木を降りる。
堅い木の上で一晩を明かしたため、背中と尻が酷く痛い。
昨夜は結局夜襲もなく静かなものだった。
よく眠れたとは言い難いが、森の中でこれだけ休めれば御の字だろう。
固まった筋肉を解すように両手を天に向けて大きな伸びをしたあと、毎朝の日課になっている素振りで寝惚けた身体を暖めていく。
剣を振りながら時間を掛けて身体の調子を確認し、どこにも異常がないことを納得したところで満足げに刀を鞘に納めた。
昨日の戦闘でかすり傷一つ負っていないのは分かっているが、子供の頃から染み付いた習慣というものは歳を重ねても抜けず、これをやらないと一日が始まった気がしない。
周囲も随分と明るくなったので、黒須は集落にある住処を調べて廻ることにした。
蝿の集る残飯や好き放題に散らばっている糞尿に鼻が曲がりそうになるが、運が良ければ犠牲者たちの遺品が残されているかもしれないと考えたのだ。
身元を示す物でもあれば親元に返してやろうと住処を漁ることしばらく、いくつかの品物を発見した。
一晩明けて無害なことが判明した大蛇の串焼きにかぶり付きながら、見つけた品を一つ一つ念入りに検分していく。
まずは硬貨のような物|が詰まった小さな皮袋。
ジャラジャラと多くの銭らしき物が入っており、中身を取り出して眺めていると絵柄が三種類に分かれていることに気がついた。
どれも同一人物と思われる美しい女が彫り込まれているのだが、それぞれ顔の向きが違う。
一つは正面、一つは横顔、一つは後ろ姿で顔は見えない。
こんな意匠の貨幣は見たことがないが、追い剥ぎどもが戯れに作ったにしてはやけに精巧な品だ。
黒須はあまり金に頓着しない性格のため、そもそも現在流通している通貨の種類すら正確に把握しておらず、自分が生まれる以前に出回っていた古銭か、もしくは知らぬ間に公儀が作った新銭か何かだろうと安直な結論に至った。
次に、小さな鉄板に革紐を通しただけの簡素な首飾りが5つ。
どれも同じ安っぽい拵えだが、鉄板に刻印されている模様がそれぞれ違っている。
意味不明な記号の羅列にしか見えないが、わざわざ身に付けるために装飾品にしたとなると、家紋や花押のように出自を表す物の可能性がある。
元より家紋には他人から見れば意味の分からない物も多く、花押にいたっては初見で読み解くのはまず不可能だ。
黒須も父祖から複雑な花押を受け継いでいるが、今だに自分自身でも書き間違えてしまうことがあるため、文などを認める際には必ず実名を併記するようにしている。
いずれにせよ、もしかするとこれが彼らの身元に繋がるかも知れない。
黒須は串焼きを食べ終えると遺品を打ち飼いにしまい込み、大男から奪った剣を腰に差して次に進む方向を思案した。
「さて、どうするか」
この集落には馬がいなかった。
追い剥ぎどもがこの場所に拠点を作ったということは、少なくともここから歩いて行ける距離に奴らの狩場となる街道か人里があるはずだ。
足跡を調べ、最も人の出入りが多くあった方向へ足を進めることにした。
・・・・・・・・・・
「──オオォ──ォオオッ!!」
「──野郎!」
「──うな!撤退──げるぞ!」
集落を後にしてしばらく、森の中をのんびり歩いていると遠くから人の争うような物音が聞こえてきた。
この場所からではよく聞こえないが……どうやらまともな言葉を話しているようだ。
黒須はようやく普通の人間に逢えるかも知れないと期待に胸を膨らませ、気配を消しつつ足を急がせた。
「くそっ、皮が厚すぎて矢が刺さらねえ!」
「マウリは撹乱に徹しろ!俺とバルトで攻撃を抑える!パメラは準備ができ次第火砲を撃て!」
「お前さんの魔術だけが頼みの綱じゃ!任せたぞ!」
「は、はいっ!了解ですっ!」
茂みに身を隠して覗き込むと、4人組の集団が必死な面持ちで戦っていた。
しかし、一見するとよく分からない状況だ。なんと、女や老人、子供まで混ざっている。
全員武装しているが、彼らがどのような集団なのかは皆目見当もつかない。
いや、それよりも……
「何だ、あれは」
黒須の視線は集団が攻撃している相手に釘付けになっていた。
巨大い。
明らかに常人の範疇を逸脱している。
相対している剣士の男も十分に大柄だが、相手は更にその倍は背丈があるだろう。
力士のように肥えた体には所々瘤のような吹き出物があり、獣の皮を巻き付けて着ているが、ここまで臭気が漂って来そうなほどに汚らわしい様相だ。
人間離れした醜怪な顔にニタニタとした笑みを浮かべ、人の身の丈ほどもある丸太を軽々と振り回している。
巨人……?
大太法師、物怪の類か?
食い入るようにその戦いを観戦していると、仲間に指示を出していた剣士の男が吹き飛ばされた。
左腕につけた丸盾で直撃は防いだようだが、受身が取れていない。
意識はあるようだが、あれはもう駄目だな。
残りは女に子供、老人だけだ。
黒須は思わず前のめりになり、不覚にも物音を立ててしまった。
弓を持った子供がこちらに気付く。
「おい!そこのアンタ、冒険者か!?」
「……冒険者が何かは分からんが、俺は通りすがりの武者修行だ」
「じゃあ戦えるんだな!?頼む、手を貸してくれ!」
……どうしたものだろうか。
本音を言えば是非とも戦いたい。
むしろ、代わってくれと頼みたいほどだ。
しかし、武士として他人の勝負に割って入るような卑怯な真似は許されない。
いや、待て。
あの巨人が想像通りの物怪で、子供たちが襲われていると言うのであれば────
「一つ訊く。そいつは一体何だ?」
「巨人だ!この森じゃ上位の化け物で、俺たちだけだと前衛が足りねえ!頼む!」
"化け物"、"化け物"と言ったか。
そうか、やはり物怪か。
「助太刀する。盾持ち、俺と交代で下がれ」
「すまん、助かる!」
黒須は大盾を持った老人と入れ替わり、巨人の前に立つ。
近くで見ると見上げるほどの大きさだ。
これまでに立ち会ってきた相手を思い返しても、比肩する者は誰一人としていない。
……嗚呼、戦う前からこんなにも昂る相手は久方ぶりだ……楽しみだ。
ついつい口元が緩みそうになるのを我慢しながら、愛刀ではなく、集落で手に入れた剣を腰から引き抜く。
生まれて初めての妖怪退治。
更に久々の強者の風格を持つ相手とあって血が滾るのを感じるが、せっかく出逢えた難敵だ。
すぐに終わらせてしまっては勿体ない。
相手を嬲る趣味は無いが、そう思うほどに黒須は敵に飢えていた。
巨人は丸太を振り回しているだけで武術という点では見るべき所はないが、この膂力は驚異的だ。
まずは力を試してみようと、巨人が丸太を大上段に振り上げるのに合わせて懐に飛び込み、左手を刀身へ添えて頭上に剣を構えた。
「なっ……!おい、避けろ!潰されるぞ!!」
弓士の子供が騒いでいるが、もはや彼らのことなど頭から消えている。
今はただ、少しでも永くこの興奮を味わっていたい。
次の瞬間───岩が砕けたような轟音と共に、掲げた両腕に凄まじい衝撃が走った。
「ははは、見事だ!こんな剛力は初めてだ!!」
受けた両腕が痺れ、背骨が軋むほどの一撃。
"二の太刀要らず"と称される剛剣の使い手とも戦ったことがあるが、ここまでの衝撃ではなかった。
流石は物怪、まさに金剛力だ。
素晴らしい……!!
身体中の毛穴から血が噴き出すのではないかと思うほどの高揚を覚え、思わず笑みが溢れる。
「巨人の一撃を受け止めただと……!?」
拾い物の剣が曲がってしまったため、巨人の顔に向けて投げつける。
「ッッ!!グォオオッ……!」
やはりこいつの力を試すのにこっちを使って良かった。
先程の攻撃を受ければ10年連れ添った愛刀とて容易くへし折られていただろう。
では、次に耐久力だな。
黒須は物陰から観戦していた時、巨人の肌が鎧の如く剣も矢も跳ね除けたのを目撃していた。
俺の刀にも耐え切るか?
否……どうか耐えて見せてくれ。
巨人は持っていた丸太を地面に取り落とし、剣をぶつけられた顔を両手で覆って呻いている。
つまり、胴がガラ空きだ。
駆け抜けざま、黒須は全力の抜き打ちを巨人の脇腹にぶち込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!