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第9話 冒険者さん、お侍と野営する
クロスの貸してくれたナイフは素晴らしい逸品だった。
岩のように硬い巨人の皮が、まるで豚鬼肉のようにスルスルと切れる。
「パメラ!いい加減代われって!」
「うるさいです!今は私の番ですよ!」
普段は解体を嫌がるパメラまでもが率先して皮を剥ごうとするので、終いには仲間たちと取り合いになるほどだった。
「クロスよ!このナイフは何処で手に入れた代物じゃ!?どんな金属で出来とるのか儂でも分からん!」
鍛冶人はその名が表す通り、鍛治や細工、彫金などの物作りを好む者が多い種族だ。
普段からパーティーの武器や防具を管理してくれているバルトもご多分に漏れず、全身の怪我を忘れたかのように興奮している。
「それは旅に出る時に母が持たせてくれた物だ。俺は鍛治には疎くてな、何で作られているのかまでは知らん」
「売ってくれい!!」
「駄目だ」
取り付く島もなく断られているが、フランツにもその気持ちが良く分かった。
バルトが言い出さなければ自分が頼んでいたかもしれない。
「……っと。おら、全部剥げたぜー。傷も少ねえし、こりゃ期待できそうだ」
マウリが剥いだ皮を広げて見せる。
確かに、クロスが斬った腹と腕の傷以外には目立った損傷はない。
初めての巨人の解体にしては上々の出来栄えだ。
俺たちも頑張って攻撃したんだけどなぁ………
フランツは自分が攻撃していた足の部分とクロスが斬った脇腹の皮を見比べて、少しだけ悲しくなった。
最後に胸を切り開き、魔石を取り出して解体終了だ。
「よし、それじゃあ出発しようか。今から出れば日が暮れるまでに森を抜けられるだろうし、草原で一泊して明日には街だ」
荷物をまとめ、帰路に着く。
今回は大変な冒険だったし、街に戻ったらしばらく休息期間にしようとフランツは考えていた。
どの道、装備を修理に出さないと依頼は受けられない。
「これから向かう町はどんな所だ?」
クロスがすっと隣に並んで話し掛けてきた。
戦闘中は頭がおかしい人物なのかと思ったが、話してみれば意外と気さくな青年だ。
「辺境都市アンギラって街だよ。魔の森が近くて、領内に迷宮もあるからね。"冒険者の楽園"って呼ばれてる大きな街さ」
「………………」
そう言ってクロスを見ると、何故か彼は驚いたような、呆れたような、不思議な表情をしていた。
冒険者の楽園などと言ったのが大袈裟に思われたのかもしれない。
「そういえば魔の森に迷い込んだって言ってましたけど、身分証はお持ちなんですか?アンギラの門には兵士さんの審査がありますよ」
「関所があるのか。身分証……通行手形のような物か。生憎と、随分前に雨でやられてしまってな……。今は持っていないが、拙いか?」
「いえ、身分証がなくても保証金を払えば街には入れますよ。ただ、街に出入りするたびにお金を取られるので、持っておいた方がいいですね」
ファラス王国は封建制度の国だ。
アンギラを含め、王国各地の都市は貴族たちが支配しており、平民は都市に入るたびにその地を治める領主が定めた通行税を支払う必要がある。
「そうか……。路銀は多少持っているが、その身分証は俺のような他所者でも手に入るのか?」
「割と簡単に手に入りますよ。住人用とか商人用とか、色々と種類もありますけど……やっぱりおすすめは冒険者用ですね!冒険者として登録するだけで身分証が貰えます。冒険者になればほとんどの街が無料で通行出来ますし、毎年の税金も取られません!冒険者向けの宿で身分証を提示すれば割引を受けられたりもしますよ!旅人のクロスさんにはピッタリです!」
パメラはクロスを冒険者にしたいようだ。
普段は人見知りする性格だが、どうやら命を助けられたことで彼に懐いたらしい。
ただ、冒険者に登録するということの意味について、肝心な部分の説明を省いている。
「それなら街にいる全員が冒険者になりたがるのではないか?税を免除されるなど、百姓どもにとっては夢のような話に思えるが」
「うっ……意外と鋭いですね。実は良いことばかりでもなくてですね。……まぁ、大したことではないんですが、多少の不利益もあるような、ないような……」
わざと隠していたであろう部分を指摘され、パメラは分かりやすく狼狽えた。
クロスから目を逸らし、明らかに誤魔化そうとしている。
「詐欺師みてえな説明してんじゃねぇよ!いいか、クロス。冒険者は税を免除される代わりに、流民として扱われる。住民として認められてねぇから、結婚は出来ねぇし家も買えねぇ根無し草だ。それに、強制依頼ってのがあってな。他の住人と違って魔物が街に攻めてきたら最前線で戦う"義務"があるんだ」
魔の森や迷宮など、魔物が多く棲み着いている場所では稀に大量発生が起こる。
原因はよく分かっていないが、理性を無くした魔物の群れは何故か一直線に人の多い場所に向かうのだ。
そういった緊急事態の場合、冒険者は領軍の指揮下に入り戦う義務を負っているのだが、往々にして最前線に送られることが多い。
税を納めず各地を放浪する冒険者の命は、領主様から見れば街の住民よりも安いのだろう。
「マウリは難しいことを知っていて偉いな。よく学んでいる。立派なことだ」
「お、おう。なんか……いや、まぁいいか」
クロスはマウリがお気に入りなのか、彼にだけ特に優しい気がする。
「しかし、聞いた限りでは不利益と呼べるようなものではないな。俺も街に着いたら冒険者用の身分証とやらを手に入れるとしよう」
マウリの忠告が届かなかったのか、クロスは随分と簡単に結論を出してしまった。
パメラは目を輝かせているが、その判断は少々軽率に思える。
「クロスよ、よくよく考えて決めた方がええぞ。お前さんはまだ若い。さらっと即決するような軽い決断じゃないわい。特にアンギラじゃあ強制依頼の頻度は多い。アレのたびに死体の山が出来上がる」
バルトがそう諭しても、クロスの表情は変わらなかった。
「定住や所帯を望むなら、そもそも十年も武者修行の旅などしておらん。それに義務と言われずとも、己の暮らす場所を命懸けで護るのは当たり前の話だろう。戦える者が戦えぬ者を護るのは武芸者としての根本、物の道理だ。それを忘れてしまっては、何のために戦っているのかが分からなくなる」
クロスが平然と言った言葉に、フランツたちは目を見合わせた。
その思考は冒険者というよりも、街を守る兵士や騎士に近いものだ。
それに、強いとは思ったが、まさかそんなに長く戦いの旅を続けていたとは…。
彼は一体、どんな人生を歩んで来たのだろう。
そんなことを考えさせられる言葉に、しばらく無言で歩む時間が続いた。
・・・・・・・・・・
当初の予定通り、夕方には森を抜けることが出来た。
フランツたちの目の前には辺境都市アンギラへと続く広大な草原が広がっている。
夕焼けに照らされて風に靡く草原は何度見ても美しい。
「日が落ちる前に野営の準備をしてしまおう。悪いけど、クロスも手伝ってくれるかな」
「勿論だ。指示をくれ、リーダー」
冒険者パーティーとは何かを説明して以降、クロスは面白がっているのかリーダーリーダーとからかってくるようになった。
フランツは自分よりも遥かに強い男にそう呼ばれるのは嬉しいような恥ずかしいようなむず痒い気分だったが、なによりも、堅物だと思っていた彼に意外とそういった一面があると知れたことが嬉しかった。
「私はテントを張りますね、リーダー」
「儂は竈を作るぞ、リーダー」
「んじゃ、俺は晩飯でも調達してくるぜ、リーダー」
…………まぁ、仲間たちまで悪ノリしているのはムカつくが。
「じゃあ、クロスはマウリと一緒に食料の調達を頼んでいいかな?」
「承知した」
「よっしゃ!俺の予備の弓貸すからよ、どっちが多く獲物を狩れるか勝負しようぜ!」
「いいだろう。だが勝負ということなら手加減は出来んぞ。負けても泣くなよ」
「言ってろ!剣じゃ勝てねぇが、俺は弓士だ!絶対負けねえ!」
ワイワイと騒ぎながら走って行く2人を見送りながら、フランツは薪を集め始める。
ここまでの道程でクロスは随分とパーティーに馴染んだが、やはりマウリを一番気にかけているようだ。
荷物を代わりに持とうとしたり、マウリが何かをするたびに『凄いな』『偉いぞ』『流石だ』などと褒めたりする。
きっと、彼の生まれた国では他種族への差別や偏見が少なかったのだろう。
多種多様な冒険者が集まるアンギラでは、王国の他の地域に比べると種族間の差別などは少ない方だ。
しかし、やはり小人族への偏見だけは根強く残っている。
小人族には盗手小人という種族がいるのだが、彼らはとにかく手癖が悪い。
欲しい物や気に入った物が目の前にあれば、相手や場所を考えずに手を伸ばすのだ。
それでいて、捕まったとしても悪びれることもなく『このパンがボクに食べて欲しいって言ったんだー!』などと平気で言うような不良種族である。
斥候としては極めて高い能力を持っているが、その悪癖のためにパーティーに誘われることは少ない。
そして残念なことに、その悪評は小人族全体に波及してしまっている。
小人族というのは種族間で見た目に差異がなく、本人たち以外には見分けがつかないのだ。
よって、善良な種族である旅行小人や妖精小人なども盗手小人と同一視されて敬遠される傾向が強い。
人によっては小人族は諍いの種だと言って憚らない者さえいるのが実情だ。
現在は陽気なお調子者であるマウリにも、荒野の守人に入るまでには色々な苦難があったと聞いている。
少なくとも、俺の目の届く範囲ではもう嫌な思いはさせたくないな……。
「おおい、竈が出来たぞい」
「テントも張れましたよー」
取り留めもないことを考えていると、二人から声が掛かる。
「ありがとう。薪も十分集まったし、パメラ、火を頼むよ」
「はいはーい」
パメラは竈の前にしゃがみこみ、火口の奇跡で火をつけた。
やはり、火の魔術は便利だ。
フランツは光の適性を持っているが、光属性は攻撃に向いていない上、使い所も限られる。
熟練者になれば他の属性よりも強力な治癒の奇跡が使えるそうだが、これまできちんと魔術を学ぶ機会のなかったフランツは、暗闇で小さな明かりを灯す程度のことしか出来ない。
洞窟探索などの依頼の時は便利だが、戦闘には何の役にも立っていなかった。
俺がパーティーの回復役になれれば、もっと依頼の幅も広がるんだけど……。
「よし、じゃあ後は食料班の帰りを待とうか」
・・・・・・・・・
しばらく待っていると、獲物を持った2人が戻ってきた。
角兎や赤頭鳥を何羽も抱えている。
「おかえり。大猟だね」
フランツは労いの言葉を掛けるが、マウリにはいつもの元気がない。
どうやら、狩り勝負はクロスに軍配が上がったようだ。
「弓で負けた……。こいつ、やっぱバケモンだ」
「クロス、お前さん剣士じゃろう?弓も使えたのか?」
「武芸十八般と言ってな、俺の国では剣術以外にも弓術、槍術、馬術など、戦いに役立つ十八種の武技を修めることが推奨されていた。俺も強弱はあるが全てそれなりに使える。中でも弓は得意な武器だ」
「「…………………」」
「マウリ、クロスさんの弓の腕前はそんなに凄かったんですか?」
「……一流だよ。俺と同じ弓なのに、飛距離も威力も桁違いだった。森人の弓みてえだったぜ」
「ま、まぁ、とりあえず食事にしようか」
晩ご飯は兎と鳥に塩を振って焼いただけの簡単なものだったが、獲物はたくさんあったので十分に満足できた。
……塩加減を間違ったのか、少し塩辛かったが。
日も落ちたので、フランツたちは交代で不寝番を立てて眠ることにした。
順番は適当に決めたが、最初はクロスが見張り役に名乗りを上げてくれたので、他の面々はテントに潜り込む。
ところで、ここで少し問題が起きた。
冒険者は少しでも道中の負担を減らすため、外に出るときは最低限しか荷物を持ち歩かない。
当然テントも一つしか持ってきておらず、いつものように皆で寝る準備をしていたのだが、これにクロスが強い拒否感を示した。
彼曰く『婦女子と同衾など出来るか!』だそうだ。
それを聞いたパメラは久しぶりに女性扱いされたのが嬉しかったのか大喜びしていたが……。
結局、何を言ってもクロスは頑として頷かず、彼は一人外で寝ることになってしまった。
テントに入ってしばらく、フランツは外のクロスに聞こえないよう小声で皆に声を掛けた。
本来野営中は次の日に備えてさっさと寝ることが冒険者の鉄則だが、明日の昼にはアンギラに着く予定だ。
多少の夜更かしは許容範囲だろう。
「……なぁみんな、クロスって何者なんだと思う?」
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