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3.因果
イシカワに誘われて世羅先生のご友人が経営されているテーマパークに行く。
有給休暇を取得するのは実に数年ぶりだ。
「アオキさん今日は目一杯楽しみましょうね!!」
イシカワの眩しい笑顔に俺もどこか満たされた気持ちになる。
「ジェットコースターでしょ、観覧車は鉄板だし、お化け屋敷にも行きたいですよね!」
ほらほら早く早くと彼女は手を引くので前のめりになりながらついていく。
「そんなに急がなくてもアトラクションは逃げやしない。」
「逃げはしないけど、並ぶ順番は遅くなりますよ。」
それもそうか。
彼女の方が一枚上手だなと感心しながらもどこか懐かしさを覚えた。
『ねぇ、この遊園地の観覧車は夜になると虹色に光るんだよ。
そんな観覧車に乗って愛の告白なんて素敵だと思わない?』
まただ、存在しないはずの俺の素となった人間の記憶が蘇る。
首を横に振って記憶を振り払う。
俺には関係ない筈だ。
素となった人間なぞ、親でもないのにただ細胞の提供者になっただけだ。
そんな人間に同情する必要なんてない。
「どうしました?どこか具合が悪いのですか?」
イシカワが顔を覗き込んでくるので飛び退く。
「ばっ、ち、近い!」
「変なアオキさん。
もう順番来てますよほら、乗った乗った。」
どうやら俺が考え事をしているうちにアトラクションの順番が来てしまっていたらしい。
イシカワに背を押され、押し込むように乗り込む。
安全レバーを下げてスタッフが安全確認をしてコースターを発進させた。
このコースターにも俺はデジャブを感じてしまう。
隣には知らないはずの女性が笑顔で俺のことを見ている。
段々と俺がおれでなくなっていくようで恐怖を隠しきれそうにない。
「はーあはは、ジェットコースターはあっという間でしたね。」
若干疲れが見えるがイシカワは清々しい顔で背伸びをする。
「ああ…お前が楽しめたのならそれでいい。」
「もー暗いですよアオキさん!!
コースターでグロッキーになっちゃいましたか?
飲み物とか買って休みましょう。」
気を遣ってかイシカワは休憩を提案してくる。
確かに最初にコースターに乗るのはちと急すぎたと思う。
イシカワの言葉に甘えて俺はベンチで項垂れるように座って待つことに。
その間もヒソヒソと人間達がコチラを見て何かを噂している。
「ねぇ、あれって…。」
「目を合わせちゃダメよ。クローンは暴走したら無差別に攻撃してくるんだから。」
こんな明るい場所でも差別や偏見は満ちているのだなと落胆する。
俺の背中の甲羅やイシカワの水掻きをみて人間達が憶測で噂を流す。
こんな者達の為に俺たちは消費されているのか。
「だーれだ。」
突然視界が塞がれてイシカワの声が聞こえる。
「…こんな子供じみた事はやめろ。」
「元気がないアオキさんを見てるのは正直辛いです。
もし、悩んでいるのなら私も力になりたいんです。」
「何故そうまでして俺に構う。」
イシカワの手を振り払って後ろを振り向く。
「…わかりません。
でも、私の素となった人間さんがそうしていたのかも。」
苦笑いで飲み物を差し出してくるイシカワ。
その好意を無碍にできなかった。
飲み物を受けとって一気に飲み干す。
過激なクローン差別派は居ないがチクチクと噂されるのは居心地が悪い。
「もう帰ろう。」
そう切り出すとイシカワは俺に縋り付く。
「後一つだけ、観覧車乗りませんか?」
「わかった。観覧車だけだからな。」
渋々、了承して観覧車に乗ることとなった。
間
宵闇の中に虹色に光る観覧車を前に目を輝かせるイシカワ。
「わぁー!キラキラですねぇ!こんな綺麗な観覧車初めてです!!」
二人で観覧車のゴンドラへ乗り込む。
中は案外広くてシースルーな中身に少し怖くなる。
「わぁ!眺めがすごいですね。
全身いろんなところからみられるなんて!」
感嘆を漏らすイシカワの横顔に少しだけ来てよかったと心が満たされる。
ゴンドラは揺れながらも頂上へぐんぐん登っていく。
とても眺めのいい景色を見渡して満足感を得ている最中。
強く揺れて高所からゴンドラが吹っ飛ばされる!!
「きゃっ、な、何が起きて…アオキさん?!」
俺たちを乗せたゴンドラはそのまま無惨に地面に叩きつけられてしまった。
俺は咄嗟にイシカワを庇って抱き締めると甲羅を背にしていたが耐えきれず甲羅は割れて内臓に何本か骨が突き刺さる!
吐血と割れた甲羅から出血する。
もうこれは助からないだろう。
「い、イシカワ。
最後の命令だ、今すぐ俺を見捨ててここから逃げろ。」
気合いで口を動かしてそういうと彼女は涙を流して首を横に振る。
「嫌です。
昭仁さん!私を置いていかないで。」
その瞬間、全ての記憶が蘇ってしまった。
俺の素となった人間は青木昭仁。
そして今目の前にいるのはかつての恋人だった石川奈々だ!
地獄の門が開かれたあの日俺たちはこのよこはまコスモワールドの観覧車に乗って告白をしようとしていた時だった。
あの時もこうして訳もわからず二人して吹っ飛ばされて奈々を庇ったっけ。
いやいやと泣く彼女に看取られながら俺は再び絶命するのであった。
【To be continued】
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