年明け

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 静かな食卓。丸い机に大人三人で囲うと部屋はかなり狭く感じられた。暖房がなく白井悠里は上着を脱げずにいた。もちろん脱いだところでまともな置場所は確保できない。元旦のその日に白井悠里がそんなところにいたのはそこが実家だからだ。母は年の一回りも老け込んだような顔をそれでも笑顔にしてお汁粉を器によそっていた。父はかなり短い短髪になっていて、白井悠里が知っている父の面影はない。それは髪型だけのことではなく体格もかなり縮んだように感じられた。けれどそれは白井悠里が面会に行かなかったから見逃した変化だけというよりは、白井悠里が父と会わなく、会えなくなったころ、まだ幼かったこともあるだろう。白井悠里は成長して仕事もある。けれど、目前の二人にはそれがなかった。母はずっとパートを続けていたが昨年体調を崩し、そのまま退職して生活補助を受けている。もともと専業主婦だった母がどれ程の苦労をして仕事を覚えていったのかは想像に固くない。それにそれほどの年数勤務しながらも社員となれなかった苦悩も悠里自身が社会経験を積んだ今なら考えることが出来る。父が先月出所したと連絡を受けたのが12月の中頃だった。悠里にとってそれは青天の霹靂ともいえることで、父とは今後会うことはないだろうという予想がいつの間にか出来上がっていた。悠里の父が当時の上司を殺害したのは悠里がまだ学校に入る手前のことで、その経緯の記憶はおぼろげだ。  もちろん動機なんかも知らなかった。ただ父と会うことが出来なくなる、という事実しか記憶に残らなかった。けれど、それは後から他人によって何度も教えられることとなる。母は事情を知った上で雇われていたので、辞めさせられるようなことはなかったが、それでも噂は広まっていたし、かなり苦しい境遇だったはずだ。親元を頼る術をそれでも使わなかったのは父への思い故なのか悠里には図りかねた。母方の祖父母とはもう疎遠になっていると聞いている。母は事情を何も話さない。すべて抱え込んでしまう。そんなだから私は母一人をおいて家を出た。薄情と言われるだろうけれど、母の視界に入る私は、父の娘でしかなかった。こんな理屈通じないのはわかっているけれど、そう考えている。  白井悠里の本当の思い描いた年末年始は実情とは異なるものだった。田尻博。白井悠里は父のことの連絡を受けるころ田尻博と交際していた。田尻博とは職場でであった。白井悠里の二社目の出向先の会社の社員だった。交際は一年を越えていて、頃合いかなという認識がお互いに芽生えていた。母の生活のことは既に田尻博には伝えてあった。三人で住む。そんな話まで持ちかけてくれた田尻博の思いが嬉しくて、そう、幸せだった。けれど父のことをきっかけに不安の波が押し寄せてきた。父のことを覚えている人間がいるのではないか。白井悠里の脳裏には今まで受けてきた冷ややかな扱いが、視線が鮮明に甦った。母は今年のはじめあたりから少しずつ物覚えが悪くなっていて、一度補導されている。その際の診察で、環境を移すことは進行を促進させてしまうと指摘されていた。白井悠里は自分の視界が暗く閉ざされていくことを感じた。結局、田尻博には打ち明けることができなかった。逃げたのだ。今になってそう思う。取り返しのつかない感触を確かに感じた。けれど、自分でもどうにもできなかった。嬉しそうな母の目に写る自分と父は果たしていつの自分達なのだろうか。
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