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その日、空は朝から雲一つない晴天でした。
「落ち着いてください、ブレイラ様。いつも通りで大丈夫です」
「分かっていますが、今日という日をいつも通り過ごせると本当に思っていますか?」
「そ、それは……」
コレットがさり気なく目を逸らす。
当然無理に決まっていますよね。
今日は朝から城内は忙しなく、でも華やかな雰囲気に包まれていました。
そう、御披露目式典当日です。
今日の式典の為に魔界中の貴族や民衆が王都に集まっていました。他にも精霊界からは精霊王フェルベオやジェノキスなど高位の精霊族、人間界からはアベルやエルマリス、冥王戴冠の際に冥界へ駆けつけてくれた国の王たちが来賓として訪れてくれています。
しかも今日は数々の儀式があるだけでなく、魔界の民衆の前で私が正式な王妃であると御披露目されるのです。
ダメですね。緊張して朝から水しか喉を通りません。
「ああ、この日が来ると分かっていましたが、いざ来ると……」
時計を見て、更に緊張が高まりました。
予定の時間まであと少し。あとは呼ばれるまで部屋で待っているだけ。
私の支度はすべて終わって準備は万全に整っています。でも心の準備は別問題です。
「――――王妃様、お時間です」
「も、もう来ましたっ」
声を掛けられて飛び上がりそうになる。
予定通りに呼ばれただけなのに時間の流れが恐ろしく早いです。
「ブレイラ様、参りましょう。皆様が待っています」
コレットに促され、椅子から立ち上がります。
ゆっくりと一歩踏み出すと、長いローブの裾が後ろに流れるように広がります。側仕えの侍女が三人がかりでローブの裾を整えてくれました。
今日の衣装は何千と用意された中から選んだ純白のローブです。総レースの襟詰めは華やかながらも気品があり、床を引きずるほどに長いローブの裾は輝くような金糸の刺繍が施されている。全体的に落ち着いた作りのローブながらも、少しの所作で流れるように動く優美なものです。
「裾を踏んでしまいそうですね」
「それは大変です。今日の出来事は書記官たちによってすべて後世に記録されますよ。もちろん裾を踏んだことも」
「それじゃあ絶対失敗なんて出来ないじゃないですか。せめて記録だけでも立派な王妃として残しておかないと」
「では、私も立派な王妃であると記録が残るように精一杯努めさせていただきます」
「お願いします」
真剣にお願いするとコレットが小さく笑う。
私も可笑しくなって、少しだけ緊張が解けました。
「さあ、ブレイラ様」
「はい」
部屋の両扉が開かれる。
長い回廊の両側には数多くの女官や士官、侍女たちが整列していました。
「おめでとうございます」
「王妃様、今日は格別に美しい御姿です。おめでとうございます」
祝いの言葉がかけられ、その一つ一つに頷いて返礼します。
それは御披露目の高殿の間まで続くもので、その中をゆっくり進みました。
高殿の間の大きな両扉の前で立ち止まります。
この扉の向こうには皆が揃い、私を待っている。
「ブレイラ様、ここからです。ご準備はよろしいですか?」
「はい。覚悟は決めています」
私の言葉にコレットが笑顔で頷く。
両扉がゆっくりと開かれました。
高殿の間にはバルコニーまでまっすぐ続いた毛足の長い赤絨毯。
赤絨毯の両側に、宰相フェリクトール、四大公爵とその夫人、将軍、大臣、高官など、魔界の中枢を担う魔族が整列して立っている。
そしてその一番奥にハウスト、イスラ、ゼロスが待っていました。
私はコレットに促され、赤絨毯の上をゆっくり歩く。
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