郵便配達が燃える時

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郵便配達が燃える時

 この間の配達の旅は大した感動も刺激もなかった。  時々、僕のやってる仕事の意味が分からなくなる。  何となく、ポツリと、そう呟いた。職場で。  自分では同期の奴に愚痴めいた口調で言ったつもりなんだけど。  危険地帯はいつも人手が足りない。とういうよりいない。  常に配達未定や配達休業中の期間が沢山ある。  最果ての地へ向かい、行方知れずになった同僚が何人もいる。  転勤や人事異動も仕事に就いていればつきものだ。  ある朝、同期に肩を叩かれた。  「暑さ対策、しっかりね」  うん?  掲示板に張られた告知を見て、我が目を疑った。  僕の名前が載っていた。  『太陽』への配達命令。  暫く「水星」郵便局への配属を命じる・・・と。  水星の事務所、ずっと閉鎖中のはず・・・  灼熱の太陽の直射がハンパない。  郵便物は焼けて燃えカスの屑しか残らず、人は焼け死ぬ。  本来、事務所すらない。  ない場所の事務所に派遣って・・・今日ってエープリールフール?  冗談キツイね~。  マジやばい。  冗談でも生死に彷徨う様な事言うなよ。  言われた方は心外に決まってる。  でも・・・本当?  誰も笑ってなかった。  若い連中は関わりたくないのか、我関せずといった素知らぬ顔。  実際向かうとしたら、何処まで、問題なく辿り着けるのだろう。  地球と金星の間くらい?  いくら宇宙服の開発が以前より進んでいるといったって、所詮人間様のやること。自然や宇宙には敵わない。  定められ逃れる事の出来ない宇宙の掟に反する無謀な行為を行うなど・・・  まして、なんで?  太陽に人居る? 住んでる?  誰が依頼するの? そんな宛先に?  幽霊に配達?  「お日様さん。いつも、有難う」  って、どっかのふざけたクソガキがいい子ぶりやがってんのか~。  やだな~。溶けちゃったらどうするの?  俺の人生の最後は、焼け死ぬ? 溶けて爛れて、●焦げさん?  ローストチキンみたいに丸焦げ?  美味しくないよ。俺は。大したもん、普段から喰ってないし。  何せ貧乏人だから。  今回の趣旨が判明した。  宇宙服の技術開発の過程で、最新技術宇宙服の熱に対する耐用性を確認する為、科学技術庁から総務省に働きかけがあったみたい。  郵便事業も地に落ちてるからな。  何で郵便配達員が選ばれるの? 警察や自衛隊でいいじゃん。  俺たちもう公務員じゃないし。民営化してるんだよ。  えっ、今? 警察や消防も半官半民?  何でも、カネ、カネ、カネだね。  わかったよ。行くよ。  で、幾らくれんの。給料!  あと、ボーナスも。  俺が、ひと言熱いよ~、というごとに金一封て事で。  それぐらい臨時収入貰わないと、とてもじゃないけど止められない。  もとい、やってられない。  青く澄んだ美しい星が宇宙船の窓枠一杯に満たされている。  これが最後になるのだろうか。  僕はずっと窓枠の外を唯々恋焦がれる面持ちで眺め続けていたと思う。  今回の旅はいつもとは違う。  地球から一番近い惑星は太陽系の内側にある。  今や火星の有人探査も当たり前の時代。  地球から最も近く最も危険な星、金星。  今、その星に向かっている。  金星の表面に降り立った人類はいない。  厚い雲に覆われ、雲を抜け切れたとしても風速100mの強風と、460度の高温の世界が待っている。  全ての環境に耐えうる宇宙船と最高水準の宇宙服が提供された。  公式発表として。  何時の世も、公式に裏はつきもの。  あるいは想定の範囲を超えていた・・・  「申し訳ございません」  今回は、「申し訳ございません」という言葉を僕が耳にする事はないだろうな。  今回の配達は、まだ見ぬ土地に、地球から挨拶状を届ける事。  金星、水星、そして太陽に。    「お日様さん。初めまして。いつも僕達を照らしてくれてありがとう」  世界中の様々な言語でメッセージが書かれてる。  国連加盟国全ての子供たちの代表の挨拶状だ。  「重要な任務だよ」  長官と事務次官に厚い握手と共に念を押された。  逃げ出したかった。  でもね。僕会社に借りた金が。  色々臨時出費が多いのよ。宇宙の旅は。  色んな人から、降り立つことが可能な星の岩石や水分らしきものや、たとえ二酸化炭素しかなかったとしても、気体を容器に入れて持ち帰るなんて事も。  それに関税がべらぼうにかかるのよ。  世の中の仕組み、どっかおかしくない?  人の為にしてあげてる仕事に就いてると思ってるんだけど。  まあ、本来の仕事外だからね。  女の子に頼まれちゃうと、イヤって言えないし。  これでも独り身。   下心、銀河の広大さよりも巧みにある。  多分、僕の下心は宇宙空間を突き抜けちゃうね。  銀河のどこかの星や、まだ判明してない宇宙の果てに居るかもしれない知的生命体も同じようなこと考えてるのかなあ。  何処の星でも、オスは一緒のような気がするね。  金星が見えてきた。  雲がグルグル回ってる。  凄いスピードで。  見てるとこっちも目が回る。  宇宙船、金星着陸に試みるみたい。  今回は探査船も兼ねてる最新鋭。  アメリカとロシアとEUと日本の共同プロジェクト。  中国は最初から入って来なかった。  自国の人口がパンパンで住めるとこが無くて、月や火星の移住計画に大忙しで、全てのエネルギーそこに注いでるからかな。  僕の予感だけど、金星とは僕達人間、彼らから見ると地球人、相性悪いと思う。反目し合う兄弟みたいに、この広い宇宙の同じ館の太陽系で長きにわたり存在し続けた。  僕らと君達とは、呉越同舟。  サイズも形もそっくり。  でも穏やかな地球と相反して荒れ狂う表層って認識が僕達の中で定着してる金星。ちょっと偏見かな。  たいぶガタガタしてきた。  揺れるね。やっぱり。  酔い止めの薬、沢山持ってきてよかった。  やっぱり、拒まれてるね。  多分、金星はスルー。  このまま、太陽に向けて、水星に向かう気がする。  暑さ対策は一応してきた。  本当は、赤道直下で日々暮らしたかったけど、何しろ金が無いんで。  鹿児島の指宿の砂風呂で毎日日中過ごしてた。  一回、寝そべった砂の上をカニが闊歩しながら顔面に体当たりしてきた時は飛び上がったけど。  冷や汗掻いたのはそん時だけ。  それ以外は、体感温度50度だって克服してみせる。  ところで、水星の地表の気温、何度だったっけ?  金星さん、また今度~  さようならは言わないよ。  僕は戻って来る。  アイ。シャル。リターン~  お願いだ、Venus!  ユー、カムバック~ と叫んでくれ。    僕の視界に捉えられた金星は嵐のような雲の動きと時々轟く吹き荒ぶ 強風の轟音しか記憶に残さなかった。  本音を言えば、もう二度とはおめにかかりたくねえ、金の星とは名ばかりのゴロツキ野郎だ。  アメリカの喉元に突き刺しかかった、かってのキューバみたいだ。  早く変わってくれや、Venus!  だるい。喉が渇く。眼が眩しい。  太陽が異様にデカい。普段、東京から見てる富士山を、富士の裾野で首を曲げながら仰ぎ見てるよう。  段々目がぼやけてきたのと同時に頭がボッーとしてきた。  意識も朦朧として肌が宇宙服の下からでもヒリヒリする。  宇宙服がオレンジ色に染まっている。  頭が溶けそうな気がして、意識はあるという自覚を適宜確認している。  目の前を猛スピード疾走する惑星が過ぎ去る。  視界に捉えるのさえもやっとだ。  水星の軌道に入り込むには何度もアタックを試みねばならない。  何か、サイがチータを追っかけてる気がする。  やばい。こんな事考えるのは意識が混濁している証拠か。  郵便物は、万一を考え、宇宙服の中にある。  ただ、さすがに汗を掻いている。  郵便物が僕の汗で濡れてしまっている。  まだ焼けてはいない。  郵便物が焼けるのが早いか、郵便物を届けなければならない配達員が溶けてしまうのが早いか、どっちだと思う。  人類の試みにチャレンジしている。  歴史の1ページだ。  誰もみてないけど。  今回の宇宙船の乗組員は僕1人。  パイロットが誰も立候補しなかったんだって。  嘘でしょ。逃げたの? それとも多分端からそのつもり?  無人探査船で何億年と彷徨う旅人は、いつか骸骨となって未来の宇宙のどこかの知的生物に見いだされる。  未知との遭遇。  僕は西暦3000年代の地球の者ですと、どう証明しよう。  浅はかな知恵を絞り、郵便物だけは溶かさず生き延びさせよう。  生物じゃないし、ご飯食べなくても、水分補給しなくても、焼けなければとりあえず郵便は生きながらえる。  後は、探査宇宙船がコントロールを失い、太陽に吸い込まれない事を祈るのみ。  今度乗り込んだ宇宙船は、基本自動操縦。クルマの原理を活用してるらしい。  でも、クルマは地球で起こり得る事象をインプットして想定の範囲でプログラムが組まれてる。  宇宙は、科学者たちの研究結果から導き出される予測範囲内でしか探査船の頭脳は働かない。  想定外の出来事が発生したら、それこそ、  『申し訳ございません』  としか、彼らは言わない。  『亡くなられた方をお悔やみ申し上げます』と神妙な顔しくさって全てをやり過ごす。  明日になったら、ケロっとして、また、新しい一日が始まる。  このまま、バックレちゃうか。  逃げたってわかりゃしない。  端から誰も成功するなんて思ってやしない。  もう地球と交信できてるかも怪しい。  きっと地球上では交信が途絶えてるはずさ。  今まで、さんざん頑張ってきた。  定年には早いけど、勇退してもいい頃だ。  僕は歴史から燃えてなくなる。  「恐らく焼失してしまったか、消失したと思われます」  地球の依頼人たちも口を揃えて言うさ。  下手に帰還出来てしまったら、  本当に届けたのか? 途中で引き返してきただろ。って言われる可能性が高い。  一生謗りを受け、社会から卑下されるなら、宇宙空間を流離う流浪の民となろう。  地球から派遣された郵便配達員は燃えて宇宙の藻屑と消えた。    これって殉職扱い?  警察官じゃないから、二階級特進とか無理?  まいいや。俺、独り身だし。自分の懐に名誉とお金が入る訳でもない。    また、誰か替わりが居るさ。    僕が水星に辿り着けたかって?  あと数百年して、科学と宇宙服の技術が進歩した暁に証明されるよ。  恐竜の骨の大発見みたいに・・・  (了)  
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