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接待キャンプの夜は更けて
インドア派なんだ、俺は。そういう正樹を説き伏せて、レンタルしたバンタイプの軽自動車に半ば無理やり乗せた。
荷物は朝早いうちに積み込んである。正樹の気が変わらないうちに出発してしまおうという算段だ。
「軽で高速乗るの怖いんだよな」
「まあまあ、安全運転で行くから。途中でSA寄る?串焼きでも食う?」
「……しょんべん行きたくなったら言う」
ノリが悪い。後部座席ですっかり寝る体勢に入った正樹に若干この後思いやられる気もするが、なんとか挽回してみせようぞ。
正樹の好きなオルタナ系ロックを小さめに流す。目を閉じつつ顎で調子を取っている様子をミラーで確認すると、静かに車を発進させた。
無事に高速を降りて、業務スーパーに寄る。生ものはここで買い揃える。アルコールも調達した。一泊するから俺も飲んじゃう。間違いなしの辛口系ビールを数本。それと、俺はあまり飲まないが、正樹のご機嫌取り用にハイボール。保冷剤で冷やしてあるクーラーボックスに入れたら完璧だ。
「雄大、あとどんくらいで着くの」
食料を積み込んだ俺に、後部座席から暇そうな声が掛かる。もう少しテンション上げてくれても良くね?ぐっと飲みこみ、明るく答えた。
「あと20分もあれば着くよ。お楽しみに」
片道一車線の農道のような道を通り、キャンプ場に着いた。出来たばかりの綺麗なキャンプ場だから予約取るのにめちゃくちゃ苦労したんだ。受付のコテージはお洒落だし、釣りを楽しめる池があるし、なんと温泉にも入れるハイクオリティキャンプ場。
「へえ、なかなか快適じゃん。もっと山ん中の不便な感じだと思ってた」
お、正樹のテンションが上がってきたぞ。よしよし。
「この池が夜ライトアップされて映えスポットらしいぞ」
「男二人で映えてもしょうがねぇだろ」
あ、そこは興味ないのね。
受付を済ませ、割り当てられた区画へ車を移動させる。車ごと入れるのもこのキャンプ場の特徴だ。
テントは張らずにタープだけ組み立てる。夜は車中泊。これなら正樹も「虫が!」だの「暑い!」だの言わないだろう。
「俺、何すりゃいい?」
お、乗ってきたな。
「じゃあ椅子組み立ててくれる?」
「了解」
薪だと煙くなるから、コンパクトに折りたためる炭火コンロとカセットコンロを持ってきた。
肉と野菜は炭火で焼いて、カセットコンロでつまみを作る。つまみっつってもアヒージョだのカマンベールチーズ丸ごと焼きだの簡単なやつ。肉と野菜が旨いからそんなんで十分。
「へえ、こんなんあるんだ」
「手軽でいいだろ?」
正樹はコンパクトサイズのコンロに興味が湧いたらしい。俺火つけるわ、なんて言って炭火と格闘し始めた。
火が付かないのがキャンプで一番テンション下がるシーンなので、ちょっと高めのブランド着火剤を使わせた。これだとマジであっという間に火が付く。
「おお」
正樹の顔が楽しそうだ。はは、俺もなんだかやっと楽しくなってきた。
「よし、さっそく肉焼くか」
「雄大、お前の持ってるやつ何?」
「ああこれ?簡易燻製器。段ボールで簡単に組み立てられる」
「へえ、俺に作らせて」
「いいよ」
工作好きの正樹が絶対食いつくと思っていた最終兵器だ。この燻製器で、ロッピーチーズとうずらの卵、明太子、ベーコン、そしてポテトチップスを燻製する。
「ポテトチップス?」
「これが旨いんだ。そして燻製と言えば」
冷やしておいたアルコールを取り出す。
「ほい」
「雄大、お前やるな」
「だろ?」
焼けた肉と野菜には、岩塩を振りかける。わさびをちょっと付けるのもお勧めだ。そうこうしているうちに燻製の方もいい感じに。
「明日は俺が運転してやるわ」
星の瞬き始めた夜空を見上げながら、正樹はご機嫌な口調で何本目かの辛口ビールを空け出した。それ、俺のなんだけどな。
まあいいか。俺は、正樹用に買ったハイボールを飲む。何せお前のための接待キャンプだからな。存分に味わってくれ。
おしまい。
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