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死神と自身を呼称した少女はそこから様々な話をして来た。分かりやすく噛み砕いて言えば、朝5時に眠気を催した僕は誤ってハンドルを左に切ってしまいガードレールに衝突。衝撃で窓から外に出た瞬間向かい側から車が現れ僕を轢き殺した、らしい。
自分が死んだなんて信じる訳ないと思っていたけど、少女が投げた小石が僕の体を貫通して、山肌にコツンと当たった。
頬を抓っても痛みは無い。壁に触れられない僕は空気を殴りつけて、このむしゃくしゃした気分を発散した。少女がビクッと震えて、僕に恐る恐る飴玉を渡してきた。
舐めてみると喉に空気がすうっと通って、ミントの味がした。
気分が冷静になって、この状況を信じてもいいかなという気持ちになった。
「幽霊って不自由なんだな」
「意外と早く信じたッスね?」
「元々オカルト系の話が好きだったんだ。まさか実体験ができるなんて、夢にも思ってなかったけど」
少女は体を伸ばしてその場で足踏みをする。
「村上さんって、運動できるッスか?」
「まあ、それなりには」
そう言うと少女はピンク色のスニーカーの靴紐を結び出して、鼻歌を口ずさんだ。
「本当は村上さんの魂を今回収出来れば超ラッキーなんスけど〜、出来なさそうなんッスよね〜」
「魂の回収に条件があるのか?」
「そうなんスよ!賢い人ッスね〜」
少女は歩き出した。僕を手招いて隣へと呼びかける。ついてこいという事だろうか。
「魂の回収は、記憶が大事なんッス!死ぬ前に誰か1人でも自分の事を覚えていてくれたら現世に魂が残るんッスけど……村上さんってそんな存在殆どいないッスよね?」
「両親も死んでるし……友達もいないな」
「今村上さんを覚えているのは最愛の彼女だけ……なんていい話じゃないッスか!ってそんな簡単な話じゃなくて……実は今は村上さんが死んで1ヶ月が経ってるんッスけど……村上さんの事、どうやら忘れかけてるらしいんッスよね」
心がポキリと折れかける音がした。
頭の片隅がぽっかりと空いた様な、空白に食べられた感覚。
「……1ヶ月経ったなんて嘘だろ!事故現場が放置されてるなんて有り得る訳が……」
「あれは時間停止担当の死神が現場を保存してただけッスよ!死神が幽霊に触れる事は禁止されてるんで待ってたんッスけど!」
山道に虚しい声が響き渡る。それでも信じたく無い。信じてしまえば自分の「何か」がブチギレる。そんな予感がさっきまで彼女が住んでいた頭の片隅を埋めてきた。
「とにかく!村上さんの彼女に会って会話する機会を作るんで、記憶にずっと残せる様に説得して下さいッス!そうしないと魂が消えて無限の時間を虚空で彷徨う事になるッス。村上さんが目覚めてから1日しか歩行許可は降りてないし……」
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