1 遠野幸紘の日常 ②

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「あんた、付き合ってる子はいないの?」  ほら来た、とは思ったが、幸紘はあえて何も言わずに空になった味噌汁椀でまだ飲んでいる風を装った。対する光子は幸紘の反応などまるで気にした様子もなく、パクパクと朝から旺盛な食欲を見せる。彼女によると朝食はしっかり食べた方がいいらしい。それは理解できるが朝食のみならず夕食もしっかり食べている。それで年中ダイエット番組を見ているのだから世話はない。 「六年前にここを離れて都会に就職したっきりのお隣の真希ちゃん、来週結納ですって」  光子は幸紘に言うとも、浩三に言うともなく、言葉を投げた。言われた名前で幸紘は記憶を辿る。隣といえば幼なじみ、というのが漫画などでは鉄板だが、この家のお隣さんの距離は歩いて十分以上離れていた。なんせ自宅がある神社の敷地は山の裾にある。一般人家は平地の先にある。  彼女に限らず幸紘の記憶の中に同級生の面影はほぼない。なにしろ小学校に入ってすぐ登校不全になった。なんとか中学校一年生の一学期までは年間二〇〇日の登校日数をキープしたものの、別室登校ばかりで教室にはほとんど入っていないし、学級行事にも一切参加していない。中学校は夏休み明けから一切行かなくなった。高校は通信で、スクーリングと夏と冬の造形展示の大型イベントへ行く以外、部屋に閉じこもってネット三昧の生活だった。  幸紘はたん、と空になった味噌汁茶碗をテーブルに置く。テーブルクロスの上に零れていた味噌汁が小さく跳ねた。 「あ、そう。それはおめでとう。でも俺、まだ五歳なんで」 「またそんな屁理屈言って。誕生日が閏月の子がみんなそうやって大人になることから逃げられてると思わないでよね。あんたのカウントはともかく、実際の月日は二四年たってんのよ。四年前、成人式だったんでしょ」 「行ってないけどね」 「三〇までに結婚とか考えるなら、今からいい子捕まえとかないと、間に合わないわよ」 「だめよ。お兄ちゃん、キモイもん」  背後から声が降ってきた。
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