59人が本棚に入れています
本棚に追加
幸紘は前髪の隙間から背後に立つ妹の加奈子をゆっくりと睨み見る。
彼女は宝山市街地にある文武両道で有名な進学校、私立宝山学園のブレザーに身を包み、少し吊り上がった大きな瞳で見下ろしてきた。
「うっせ」
はらわたは煮えくりかえるものの、幸紘の抵抗する声は小さい。
就職するまでは引きこもり同然の生活を過ごし、就職してからも田舎の実家でくすぶっている兄。
常に人の中心にあってヒマワリのようにすくすく育ち、今は進学校で生徒会員までやっている妹。
幸紘は世間の見方を気にする方ではないが、客観的にみてこのステイタスでどちらが勝者になるかぐらいはわかる。両親の判定もいつも決まっていた。
「その長い前髪切りなさいよ、鬱陶しい」
光子が加奈子の意見に便乗して、手にした箸で幸紘の前髪を示す。
「そうそう。目隠し君が許されるのはクロハチさんくらいなんだからね。それとも音痴のくせにバンドマン気取りなの?」
加奈子は動画サイト出身の人気男性シンガーの名前を出して、さらっと綺麗に整えられたツインテールを肩へ流し、幸紘の隣の席についた。
三方包囲され、幸紘の地獄は煮詰まっていった。
「まあいいじゃないか。まだ二〇代だ。三〇になって後を継いだらその髪は切るつもりなんだろう、幸紘」
「俺は継ぐつもりなんてありませんから」
幸紘はいつものようにぼそぼそと、いつものように些細ではあるけれども、無駄とわかっている抵抗を試みる。
最初のコメントを投稿しよう!