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「お前、俺が怖くないのか?」
「そうですね。今は、不思議と」
幸紘は火をつけない煙草を咥えたまま振り返って格子の奥に目をこらす。白い障子戸の奥は見えない。相変わらず気配は禍々しいが、前ほど脅威には感じなかった。
にゅっと御扉の隙間から手が出てくる。
「煙草、一本よこせよ」
「吸うんですか?」
「吸うよ」
「火気厳禁なんでしょ?」
「ここが燃えたら浩三の『厄』も焚けるってもんだ。何も困らん」
幸紘は胸ポケットから煙草の箱を取り出して本殿の扉の前に中身を示す。媛の白い手がにゅっと伸びて中に引き込まれた後、白い障子にぽっと炎が煌めき、長い髪と豊満な乳房の膨らみ、そして少々数が多すぎる感じのする複数の腕が薄い影となって浮かび上がった。
てっきり目玉の化け物が吸うのかと、シュールな絵面を幸紘は想像していたが、想定内で少し肩すかしをくらう。幸紘は煙草を唇に咥えたまま火をつけると二,三度くゆらしてから、側に置いた空き缶にトントン、と灰を落とした。
「たぶん、俺の中にあなた方に対抗できる『力』があるんじゃないか、って、気がついたからかもしれません」
「それに気がついたせいで、あいつを怒らせたがな」
瀬織津媛は鼻で笑った。
「あいつって?」
「お前が神様って呼んでるやつ」
「怒ってますか?」
「怒ってんじゃないか? 祭りからあと、少なくとも御社殿では見てない。俺にも怒ってるんじゃないかとは思ってる」
「八幡さんはそんなことないって言ってましたけどね」
「さあ、わからんね。あいつは」
幸紘は煙草を咥える。ゆっくりと吸って、深く吐く。トン、と灰を缶の中へ落とした。
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