1 遠野幸紘の日常 ②

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「何を言っとるんだ。この由緒ある淵上神社は地域のドル箱だぞ」 「じゃあ加奈子に継がせりゃいいだろ」 「加奈子は女の子だもの」 「そうそう。あたし大学受かったら一人で暮らすんだもんね」 「ずる……。俺が一人暮らししようとしたときは、村全体がグルになってジャマしたくせに」 「それはお前を孫のように慕ってくれた村の人たちの愛じゃないか」 「親父が後ろで手を引いてただけだろ」 「ここを継げるのはお前しかないんだ」 「だったら神職に就く前にお嫁さんもらわないとね。一応神主さんは神に仕える身分だから、職に就いたらエッチとかはしちゃいけない前提らしいし」 「結婚して、子供が出来たら、神職で家を継ぐ。順風満帆のライフプランじゃないか、幸紘。先行きの見えない現代社会の中で苦しむ人たちからすればうらやましい限りだぞ。まずは直階(ちょっかい)の資格を取らないといけないな。どうする? 通学か通信か? 養成所に直接行くか? 短期大学で学位をとってからにするか? 検定講習会のチャンスがあれば、お父さん、そっちも手続きしといてやるぞ」  毎度毎度判で押したように繰り返される内容の会話に幸紘はうんざりしていた。これが嫌で家族と顔を会わさないように幸紘はこれまで生活時間をずらしていたのだ。  幸紘はテーブルを強めに叩いて立ち上がり、少し低めのハスキーボイスを張りあげて吠えた。 「いい加減にしてくれ! いい子はいないのって言うなら、母さんが探してくればいいだろ。会うだけ会ってやるよ。見、つ、け、ら、れ、た、ら、な! 大体からして若い奴らが次々出て行って、高齢者しかいなくなって、遠からずぽつんと一軒家になるようなこの限界地域の、どこに適齢期の女の子がいるって言うのさ? 俺が村から出ようとしたら村民総出でジャマしてきたくせによ!」  幸紘の心臓が高鳴っていた。二四年間、大声を上げることはほぼなく、第一次反抗期すらなかった。そんな息子が、勇気を振り絞って声を荒げたのだから、何か響いて欲しい。幸紘はその程度には希望を持った。
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