なりたい、なりたい。

1/5
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

なりたい、なりたい。

「あんのクソババア!いちいちがみがみうっせーんだよ!」  苛立ち紛れに、俺は部屋の中の椅子を蹴り倒した。想像以上に大きな音が響いて、部屋の中から小さな悲鳴が上がる。  表では真面目で地味な会社員。その顔を守るのも並大抵のことではない。部下の男に小さな雑務をちみちみと押しつけてストレス発散していたことが、女上司にバレたのだった。そのせいで、自分の仕事を止めて一時間も説教を食らうことになった。何で、役立たずの部下をパシリに使っただけであんなに非難されなくちゃいけないのかわからない。  作り笑いをつくってへえへえと頭を下げてやり過ごそうとしたら、上司からは呆れたようにこう言われてしまった。 『貴方、自分が悪いだなんて1ミリも思ってないでしょ。佐倉君、適応障害の診断を受けて休職することになったのよ。自分のせいだとは思わないの?』 『はあ、まあ。あいつも臆病なやつでしたからしょうがないっすよね。……俺悪くねえし』 『ぼやいた言葉、聴こえてるわよ。本当に申し訳ないと思ったなら、そんなへらへら笑えるはずがないし、もう少し罪悪感のある顔をするものだわ。……あんたね、自分の仕事がうまくいかないのを、人に八つ当たりして発散するようなことするんじゃないわよ。それは、社会人どころかお子様の、いじめっ子の発想だわ。会社はあんたの教育機関じゃないのよ』  教育機関じゃないとか思うなら、なんで説教するんだと腐りたくなる。これだから、四十にもなって結婚もしていない行き遅れのババアは嫌なのだ。何でこんな女を、会社も課長なんてポストに置くのか。 『反省して、態度を改めないなら。……契約の更新に響くことも忘れないようにね』 『は!?お、俺悪くないじゃないっすか!あいつが休職してみんなの足を引っ張るってのに!!俺がいなかったら……っ』 『いくら人手不足でもね。職場の空気を悪くするような人間なら、いない方がマシなのよ。……これを最後通牒だと思いなさい。貴方はいつか、自分が誰かに理不尽にぶつけてきた暴力の代償を受けることになるわ』  ふざけるな、としか言いようがなかった。自分は何一つ悪くない。悪くないのに、何故自分が契約を解除されなければいけないのか。 「大体、俺みたいな優秀な人材が契約社員どまりなのがおかしいんだっつーの!あんのクソババア、ブチ犯してやろうか、ああ!?」  罵倒しながら、ずんずんとアパートの部屋の奥へと歩を進める。  壁際に置かれた檻の中には、白い体に金色の目の子猫がうずくまっている。少し前に、近所の公園で拾ってきた猫だ。 「ああ、ムカつく、ムカつく、ムカつく!お前もそう思うだろお!?」  そして、俺は檻の蓋を開いて子猫の首を掴み上げたのだった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!