色葬

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 昔を惜しみすぎて、都合のいい幻覚を見ているのだと思った。麦わら帽子に白いワンピース、その手には立派な一輪の向日葵。その少女は、あまりにも絵に描いたような夏を体現していた。  どうしてここにいるのだろう。私は彼女に強い興味を抱いた。ここから人気(ひとけ)のある場所までは、少しばかり歩かなければならない。何もないこの一本道に、どうしてこの子は出向いたのだろうか。 「こんにちは」  私に気付いた彼女は、にこやかな笑顔で挨拶をする。たった一言だが、相手に対する敬意をそこから感じられた。随分と礼儀正しい女の子だ。 「こんにちは。何をされているんですか?」 「夏を終わらせてあげるんです」 「夏を?」  首をかしげる私をよそに、彼女はワンピースを脱ぎだした。予想外の行為に混乱するものの、下にはきちんと服を着ていたらしい。彼女はしばらくそれを見つめてから、丁寧に畳んで麦わら帽子と向日葵を載せた。  彼女は置いたそれに視線を向けたまま、口を開く。 「私たちはずっと走り続けていると、いつかは疲れて死んでしまいますよね」 「ええ」 「季節も、同じなんです。誰かが送ってあげないと、ちょっとずつ掠れて消えてしまいます。そうしていつかは、それがあったことすら忘れられてしまう」 「送る……?」  眉をひそめる私に、彼女は大人びた口調で説明を続けてくれる。不思議な子だ。私が彼女くらいの頃は、このような敬語なんて使えなかったというのに。 「はい。今年の季節を終わらせてあげるために、そのが宿ったものを捧げるんです」  豊作の感謝を伝えるため、神様にお供えするようなものだろうか。ちらりと眩しい黄色に目を向ける。 「……つまり、夏なら向日葵、春なら桜のような?」 「はい。人の想いを込めた季節のものを燃やして、送ってあげるんです。そうすれば生まれ変わって、来年も新しい夏になって戻ってきてくれます」  彼女は少し寂しそうな目で、向日葵に目を向けた。 「この向日葵は私が毎日水をあげて咲かせた、最後の一輪です。麦わら帽子とワンピースは夏が始まった時に買って、それからずっと使っていました」 「それは、大切なものなんじゃ」 「そうじゃないといけないんです。だって、ずっと頑張ってきたのに、誰からも報われることなく終わっちゃうなんて、夏が可哀想じゃないですか」  夏が可哀想。そんな考えは初めて耳にした。彼女の言葉を整理すると、その季節を共に過ごした思い出、愛着があるものを捧げる必要があるということだろうか。 「あなたは、それでいいんですか?」 「おばあさまとの約束でしたから」  しんみりと微笑むその表情に、亡くなった祖母の姿が重なった。あの人も信心深い人だった。お天道様はいつも見てるからねと、おばあちゃん子だった私はよく聞かされたものだ。結局、死に目には会えなかったっけ。  季節が生まれ変わり、また翌年戻ってくる。そんな言い伝えは初めて耳にした。作り話を喋る子供にしては、随分と落ち着きがある。それに、こんな人目のない場所に行って、わざわざ意味もなく自分のものを燃やすだろうか。約束だったということは、彼女の祖母も、すでに……。 「昔、季節は読みを変えて七季(しき)……つまり、七つあったそうです」 「七つ?」 「だって、あまりにも少ないと思いません? 長い長い一年の中に、たった四つしか季節がないんですよ?」 「言われてみれば……そう、なのかな」  確かに、常識を捨てて考えればそうかもしれない。一年は十二ヶ月もあるというのに、季節がその三分の一しかないのは、確かに不思議といえば不思議だ。一月につき、一季節あってもよさそうなものなのに。 「……おばあさまの話では、大昔にはこれらの季節があったそうです。もうすっかり消えてしまい、みんなに忘れ去られてしまいました」 「そんなものが……一体どんな季節なんですか?」 「私にも分かりません。もしかしたら、他にもあったのかもしれませんね」  初めて聞く季節の言葉に思いを馳せる。彼女の言葉が本当だとしたら、どのような気候だったのだろう。夏のように暑いのか、冬のように寒いのか、春や秋のように過ごしやすいのか。それとも、私たちが知らない感覚のものだったのかもしれない。すべては、はてしない時の中に包まれてしまっている。 「一年の季節に感謝し、役目を終わらせて次の季節に転生させる……今では特別な行事になりましたが、この色葬(しきおくり)は、昔の人々にとっては当たり前のことだったみたいです」 「どうして衰退したんだろう……」  不思議に思って呟くと、彼女は困ったような笑顔で言った。 「みんな、大事なものを捨てたくないんですよ。暮らしが豊かになるにつれて、季節を尊ぶことを忘れてしまったんです」
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