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「俺の下につく以上、香乃を軽く見ていいかどうか…分からないようじゃ使えないねぇ」
それから津城は、満ち足りた眼差しで香乃の身体が温まるまでずっと、香乃を見つめていた。
時間がゆっくり流れる。
昨日まで無かった、津城のいる夜。
のぼせてはいけないと、津城は香乃をお湯から引き上げてタオルで身体を拭ってくれた。
着せられた浴衣の帯を香乃が締めている前で、津城が自分の身体を拭いて腰にバスタオルを巻いた。
その上に視線を上げれば見えるのは、あの龍だ。
じっと香乃を見ているみたいで。
そっとその鼻先に指を伸ばした。
もう、怖くはなかった。
触れた感触に津城が動きを止める。
吸い寄せられる様に、まだ濡れた背中に身体を寄せた。
「……濡れるぞ」
少し重くて、優しい声だ。
津城が触れさせたくなかったのは、この龍では無く…その先にあるものだったのだ。
「構いません」
逞しい背中の、ズシンと重い龍にキスをした。
この龍のように、津城の背中を護って戦うことは出来ないけれど。
戦って頑張った津城も…この龍も、慰めてあげられるのは自分だけだ。
ちゅ、ちゅとその姿をなぞって唇を触れさせる香乃。
「……」
津城は黙ってじっと前を見ていた。
湯気で滲む浴室で、しんとした空気の中。
香乃のたてるリップ音が小さく響いた。
その引き締まった腹に腕を回して、背中に胸をつけた。
汗の滲む熱い背中に、溶け込んでしまってもそれはそれで構わないと思った。
「……嫁に来るか?」
目を閉じて、本当に溶けたいと思っていた香乃は驚いて目を開けた。
「……え?」
津城は振り返らなかった。
少し俯いた角度で、綺麗にはられた浴室の壁を見つめていた。
「……もう、離してやれなくなるけど。……俺の片割れになるか?」
重くて低くて、緊張を滲ませた声で。
津城はそう言った。
怖いと、一番に思っているのは津城なのだと思った。
香乃を縛り付ける事を恐れている。
恋人になれた日も、離れた日も、今も。
嬉しさと、切なさが同時に押し寄せて。
香乃はきゅっと唇を噛んで、迷わずに答えた。
「……離してあげられなくなりますよ?」
何?と津城がやっと首だけ振り返る。
その顎のラインが好きだ。
「お嫁に行ったら、私もう何があっても離れませんよ?……鬼嫁になるかもしれません」
香乃からかけ離れた鬼嫁と言うワードに、津城は瞬きをして。
小さく吹き出して、ちょっと泣きそうな顔をして……それから。
「いいねぇ……香乃のしりに敷かれるなら、本望だ」
と微笑った。
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