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目覚めたのは数時間後の深夜。
どちらが先だったのか。
お互い目覚めて居るのを感じながら、それでも目を開けずに寄り添っていた。
時々、どちらかが腕を動かして確認する様に肌に触れる。
そうしたら、津城は応えるように香乃を引き寄せ。
香乃はその胸に頬ずりをする。
そういえば初めての朝に、こんな事があった。
あの日は鶴橋が帰宅して、津城の声で目を開けた。
でも今日は誰もドアを開けたりしないから。
飽きるまでこうして居られる。
話さなくてはいけないのに、それを後回しにしてしまう心地良さ。
何事も無かったみたいに腕の中にいる。
「...香乃」
「...はい」
薄く目を開いた香乃の髪に触れ、津城が体勢を変えた。
香乃の顔の横に両肘をついて、少し気だるさを残した瞳に覗き込まれた。
居心地の良さそうな吐息をひとつ。
津城がその目を見つめた。
「......半年、待っててくれるか?」
何を待てと言うのかを、やっぱり津城は口にしなかった。
今だ、今このタイミングで訊かなければ。
そう思うのに、見つめる津城の表情の優しさの中に...聞いてはいけない何かがある気がして。
「...半年、ですか?」
と聞き返した。
津城は、香乃が何故あの家を飛び出したのか。
どう理解しているのだろう。
ただ、あの家で一人で待たされる事を嫌がったと思っているのだろうか。
「うん、半年...」
「......いや、です」
「...」
津城は表情を変えなかった。
ただ、そのまま香乃の目を見つめていた。
「...何も...何もしらずにただ...半年待てって言うんですか」
どう話そう、どう言えば津城は話してくれるのかと何度も...何度も考えてここに来た。
こんな風に、聞きたいわけじゃなかった。
「...私は、私は...何の為に待つんですか?」
何様だと、津城を怒らせるかもしれない事はもう頭の中にあったのに。
「...俺の、身体が空くのを...待って欲しいんだ」
悪寒にも似た何かが、温かいはずの背中を走り抜けた。
はぐらかされた、と思った。
いや、実際それ以外の何でもないじゃないか。
ふふ、と微笑んでいた。
泣きたくないと思ったら、そうなっていた。
悲しかった。
そうなるんじゃないかと言う気持ちと、聞けばちゃんと答えてくれるかもと言う期待は、いつも答えてくれない方が大きかったけれど。
でも、心の中で何度も望んで...願っていたから。
あの時間は、無駄だった。
潤んでいく瞳を見られたくなくて目を閉じた。
大好きで、離れている間もずっと見つめたいと思っていたのに。
「...どうぞ...半年でも...一年でも...」
言った喉が震えた。
津城と自分の隙間に腕を差し込んで引き上げて、それで顔を覆ったら、もう止まらなくなった。
駄目だと思いながら、それでも津城と完璧に離れる事を選べない自分。
「...好きなだけ、どうぞ」
津城は同じ姿勢のまま、何も言わなかった。
そのまま、香乃が喉を震わせて涙を押し出すのを見ていた。
隠した腕の隙間から零れた涙を、そっと拭われる感触と、そらされない視線の気配。
「すまない、香乃...待っててくれ」
津城の声は低く、ちゃんとごめんを含んでいる。
津城は香乃の仕草や目の動きだけで、これまで何度も答えをくれた。
あの家で、視線を向けただけで聞こうとしていた答えを差し出された事が何度もあった。
たいした事では無い、お茶を飲むか、昼食はもう少し後か。
香乃が分かりやすいタイプなだけかも知れないけれど、背中を向けていても、香乃が視線を向けると魔法見たいに「なんだい」と聞いてくれた。
そんな津城が、今の香乃の気持ちを...分かっていない筈がないのに。
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