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気付かない振りで...それでも待てと言う。
酷い男だ。
...本当に。
「...」
それなのに、やっぱり津城が好きな自分も...。
涙はなかなか止まってくれなかった。
どうしてと思うのに、聞けない自分が歯痒くて。
津城はそっと、香乃の腕を退けて少し苦しそうな顔をした。
「...好きに過ごしていい、俺が戻るまで」
一人で半年も、何をして過ごせと言うのだろう。
ずっと津城を恋しがってため息をつけと言うのか。
「...俺より、いい男がいたら...捕まえろ」
心臓を貫かれたみたいな痛みを、優しい声で与えられた。
「ひ、どい...ひどいっ!」
津城相手にどうしようもない怒りを感じる日が来るなんて思いもしていなかった。
待てと言いながら、どうして。
「...そうだなぁ...酷いな」
感情に任せて叩こうとした手を、やんわりと掴まれた。
そのまま引き寄せて、津城の唇が手首の内側に押し付けられて、チクリと痛みが走る。
「...香乃」
脳裏に都と和奏との会話が過ぎる。
その声は優しい。
好きだと言われるよりずっと、胸を締め付けるのに。
「...会えなくても...俺には香乃だけだ...戻った時クソみたいな男に復讐したいなら、幸せになれ...」
香乃の引き攣る吐息を飲み込んで、津城は何度も唇を塞いだ。
幸せだった。
ずっと。
なのに。
「待てなくてもいい...俺を無かった事にしてもいい」
やめて。
「...香乃、当たり前の幸せが目の前に現れたら……飛び付いて離すな」
津城は甘く名前を呼んで、その隙間で何度も繰り返し香乃にキスをした。
その言葉とチグハグなキスに飲み込まれ、愛してやまない男の腕に絡め取られて、香乃は泣きやめないまま縋り着いた。
津城がゆっくりと、でも情熱的に自分を抱く感覚に溺れた。
手のひらで、唇で...名前を呼ぶだけの声で。
好きだと刻み込む津城が憎らしいのに。
それでも何も話さない津城が悲しくて。
やっぱり、離れたくなかった。
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