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明け方まで、津城は香乃に触れた。
あちこちに、自分が触れた痕を残した。
考えすぎた頭がぼんやりとして、泣いた目も、つまった鼻もジンジンした。
「秋人さん...」
「香乃、大丈夫か」
クタクタに疲れた香乃の身体をシーツで包んで引き寄せる津城に頷いて、包まれたばかりのシーツを剥いだ。
こんな布要らない。
津城が遠くなる。
ぺたりと熱を持った津城にひっついた。
離れたくない、待ちたくない、そばに居たい。
このまま半年...、耐えられない。
「...私も...連れて行って」
思えば、津城に何か強請った事は無かった。
「邪魔にならないように、言われた場所にちゃんと座ってるから...お願い、秋人さん」
津城は、数秒黙った。
「...駄目だ」
津城がどんな顔をしているのか、怖くて見られなかった。
でも、津城の鎖骨に額をつけてもう一度聞いた。
「どう、しても?」
言葉尻が震えて、津城の素肌の胸を揺らした。
とく、とくと響く津城の鼓動が返答と重なる。
「...どうしても、連れて行けない」
ごめん、と津城が囁く。
今の香乃にとって、それが精一杯で。
根こそぎの勇気を振り絞った我儘は叶わなかった。
ごめんと、津城はもう一度呟く様に囁いた。
夕方まで、津城は一緒に居てくれた。
食欲のない香乃の口に、一人分だけ頼んだ食事を運んで食べさせた。
あの縁側と同じように、シーツに包んだ香乃を胡座の間に抱いて過ごして。
時々、キスをして髪を撫ぜて。
何も話す事の出来ない香乃と、それが分かっているから何も話さないでいてくれる津城と。
何の音もない静かな部屋で、ただ片時も離れずにいた。
時計を見るのが怖かった。
部屋に荷物を運び終えたら、きっと誰かが迎えに来る。
そしたら、津城と離れ離れだ。
何も言えなくて、聞けなくて。
離れたくないのに時間は進んでいく。
この苦しさから逃げ出したい。
でも、逃げ出したら...目の前から津城が消えてしまう。
泣いて地団駄を踏んで、嫌だと喚きたかった。
見苦しくても、津城が根負けするまで縋りつきたかった。
ぶぶ、とベッドのそばのサイドテーブルの上で津城の携帯が震えた。
この時間の、終わりの合図は静かな部屋に無常に響いた。
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