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人間の順応能力はすごいなと思った。
立ち仕事にパンパンだった足が慣れ、マシンガンのように話しまくる同僚にも慣れ始めた二ヶ月目。
ふ、と食べたくなって薄揚げのお味噌汁を作ったのがいけなかった。
意識的に避けていたその薄揚げの食感が、無理から押しのけていた津城を呼び戻した。
相変わらず、組員の車は外にある。
一ヶ月を過ぎた辺りで、早朝の仕事場まで着いてくる車が、昼の移動には居なくなっていた。
夕方の仕事終わり、香乃はデパートのすぐ前でバスに乗る。
車はバス停の手前に待機する様に変わり。
一ヶ月半で、バス停から家の前に車が待機する様に変わった。
もうそろそろ、車は居なくなるかもしれないなと思っていた。
決まった行動しかしなかった。
和奏と都は三日に一度は連絡をくれる。
あえて津城の話しも、組の話しもしないでいてくれた。
互いの仕事の話しと、モズの近況報告。
馬鹿みたいな失敗話。
でも、会う事はしなかった。
多分、組との関わりを無くしてくれているのだ。
…うまく、考えずに来れたのに。
日中のふと出来る時間に思い出す津城が、この頃増えて来てしまった。
恋しいと、気を抜けば泣きそうになる。
あの日、津城と離れた日に流して以来の涙が零れた。
毎夜、寝る前に巻く津城の時計のネジを…後何回回せば会えるだろう。
片方だけになったピアスは、いつ揃うのだろう。
「ふ…… っ、うっ、うぅ」
デパ地下の男性スタッフを見ても、少しも印象に残らない。
声も、仕草も、何一つ津城に似た所がない。
当たり前の幸せなんて、どこにあるの?
頭の中の余白に、貴方以外の何も入れないのに。
……寂しい。
恋しくて、死にそうだ。
その日から、眠る前の僅かな空き時間が苦痛になった。
人に慣れても、一人で過ごす事が普通になっても。
恋しさは、変わらなかった。
いや、むしろズシンと重さを増して、襲いかかってくるのだ。
駄目だと、香乃はもうひとつ仕事を増やした。
バスを下りてすぐの、コンビニのアルバイトだ。
夜十一時まで。
帰って、少しだけ食べてシャワーを浴びて寝るだけの生活。
三つも掛け持ちすれば、丸一日の休みは無くなる。
それでも構わなかった。
身体は流石にクタクタになったけれど、それが良かった。
けれど。
香乃がコンビニで働き出して組員がバス停から家にもどらない事で、香乃を探し。
寝る間も惜しんで働いている事を津城に報告したらしかった。
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